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ラビリンス

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急に思い至ったことは、目を覚ましてほしい。そして、名を呼んでほしい。
思い立てば早い。立ち上がり、リュックを置き、剣を握る。
自分は運動神経がいいわけでも、力があるわけではない。どちらかというと絵を描くのが好きな平均より背の高い女。
そんな自分に伝説の剣など引きぬける筈はない。だが、それでも目を覚ましてほしかった。
サファイルは剣の柄を掴むと両手で抜く。
すると、驚くほどあっさりと剣は抜けた。サファイルは目を疑う。
何故、抜けた。どうして、自分に?
多くの疑問が頭を巡るも目的を思い出す。彼は魔王は、目を覚ますであろうか。
しかし、目を覚ます気配は一向にない。
所詮は伝説。夢物語だ。サファイルはそう思いながら、落胆する。
眠る魔王を見ると剣の刺さっていた部分に傷はなく、何一つ傷がない。
魔族の治癒能力の高さに驚き、溜息を吐く。そして、一つの言葉が息となって出た。
「        」
それは音にならず、空気となった。剣を魔王の棺の横に置く。
サファイルは、リュックをからいどうやって出ようかと思案した。
その時だ、誰かに抱きしめられる感触があった。
「勇者よ、待ちくたびれたぞ?…いつから世を待たせる程、偉くなったのだ?」
その声は耳を掠めた声の主。艶のある甘ったるい毒のような声。
聞いた瞬間、体中の感覚が悲鳴を上げ、泣き叫ぶ。なぜ、この声に体温に落ち着く。
どうして、知りもしない相手にここまで泣ける?
「勇者、サファ…世の声が聞こえないのか?」
「……勇者…?…サファ……え、…何で…?」
「!!お前、勇者でないな!!」
魔王は血相を変え、サファイルから離れた。背中に残る微かなぬくもり。
敵意を向けられているのに、どうしてか心地がいい。懐かしく悲しい。
そして、辛い。まるで何か大切なものを忘れているような。
魔王はサファイルを睨みつける。そして、爪を鋼のように固め、サファイルの首に突き刺す。
サファイルは息を呑み、目を疑った。この魔王は何を考えている。
自分を殺しても得などない。それより魔王がここで眠る理由を知りたい。
好奇心は自らを創り上げ、自らを葬り去るものだとどこぞの教授が言っている。別にいいかもしれない。相手は魔王。所詮、この部屋に入った瞬間より自分は死ぬ。
覚悟を決めて、魔王を見る。魔王はそんなサファイルをみて、辛そうに顔を歪めた。
「貴様は…死に臆せんのか?」
その声は悲痛そうな声で、苦しそうだった。
サファイルは困ったように笑う。別に魔王に殺されるのも悪くない。
そんな考えが頭をよぎったのだ。いったい自分は、何なのだろうか。
魔王はため息を吐くとサファイルに突き付けていた爪を元の大きさに戻す。
「変わったやつだ。世の攻撃に臆せんとは、褒めてつかわす」
何言ってるんだこの魔王は。サファイルは苦笑しながら魔王を見る。
「…勇者でないとすると、貴様は何者だ?」
「えぇと、学生です。ヴァレシア大学院短期生一年の」
「それは、何の傭兵部隊だ?ヴァレシアとは、何とも奇妙な名前だな」
サファイルは青い瞳に困惑と顔が引きつる感覚を覚えた。この魔王は何を考えている。
やれやれと溜息を吐く。すると魔王の方もため息を吐く。
何事かと魔王を見た。魔王は黒い羽で空を切る。すると空間が裂け、向こう側に噴水が見えた。
その噴水はヴァレシア大学院にある、勇者の像である。高々と剣を持ち上げ、周りには勝利や幸福と言った麗しく、輝かしい精霊たちが勇者を祝福している。という豪勢なものだ。
一度、入学式の時ここでルビアと出会い、交友を深めていった。サファイルのお気に入りの場所だ。
無意識的にだが、サファイルは歩を進めた。魔王は自然とサファイルについて行く。
二人が歩を進める度に空間は、縫い目を閉じていく。まるで二人を送り出すように。

「戻ってきた?」
「貴様はそのようだな。さて、世は如何したものであろうか…」
背後の魔王を忘れかけていたサファイルは、顔を引きつらせる。その時である。
教師の一人がものすごい剣幕でサファイルに近づいてきた。その容貌はドラゴンのように怒り狂っている。
あれは健康体力学科の教師だ。サファイルは、怯えだす。
すると魔王は、くすくすと他人事のように笑う。その笑い声にサファイルは、魔王を睨む。
「サファイル!」
「はい!!!」
「来なさい。後ろの御方もどうぞ」
そのいいようにサファイルは、顔を顰めた。まさかこの魔王は蘇ると厄介か?そう考えた。
魔王は頷くとサファイルの手をまるで当然の如くひく。そのことにサファイルは驚き、顔を尾も言い切り顰めた。
この魔王は何を考えているんだ!!と叫びそうになったようだ。
教師の後をついて行くたび、ここが禁止区画であるこがわかる。それは魔王の言った一言。
「まさか魔力抑制の魔石をここまで大量に使うとは…人間も考えたものだ」
余裕そうに笑うが、サファイルは心の中でヤバいヤバいとかなり困惑していた。なぜ呼ばれた。
いや、魔王を呼び覚ましてしまったからか?しかも封印の剣は魔王の棺の隣に置いてきてしまった。
このまま退学、いや世界滅亡をさせる原因として死刑なぞ。
サファイルは何度目かのため息を吐く。魔王は背後のサファイルの気配に関して、笑っている。
この魔王は、どうやら愉快らしい。変な魔王だ。
翼や角をしまい、外見は人に近いものも雰囲気は逸している。芸術品に近い外見は、作りもの。
この者は人でないと無意識に警告されている気さえする。まぁ、人間でなく魔族なので当たり前だが。
「おい、なぜ死に臆せずこれ如きで臆する?死よりも正の方が楽だろうに…」
「人生、生き地獄って言う単語を母に教わりました……はぁ」
解せぬと一言魔王は、呟くと外を見る。まわりは大学院全体が見渡せる。その光景に魔王は、眉を動かす。
すると教師が一つの扉の前で止まる。魔王に頭を下げるとノックを3回。
どうやら厄介な権力者の前に突き出されるらしい。サファイルが脂汗をかく。
あぁ、特別奨学生でなくなる。どうでもいいようなことを考えながら、魔王の後に続く。
瞬間だった。魔王は殺気立つ。
目の前にはヴァレシア大学院女理事長ブリュケンが穏和に笑っている。しかし、魔王は牙を見せる。
サファイルには意味が分からない。交互に双方を見た。
ブリュケンは朗らかに笑いながら、魔王とサファイルを見る。そして、一言。
「会いたかったですよ。ダキュネス王…意思交換しかできませんでしたから、寂しい限りでしたよ」
ブリュケンは美しい女性だった。赤いスーツのスカートは、短くその下からすらりと美しい脚が見える。
ハイヒールも赤く、何処か妖艶だ。ブリュケンはまた笑う。
何故であろう。ブリュケンの笑顔に殺気が垣間見えた。そして、サファイルは何故か構えた。
分からないが構えてしまったのだ。失礼なのも重々承知だが。なぜか体が告げる。
そう。『頭上に気をつけろ』
魔王は忌々しそうにブリュケンを睨むとサファイルを振り返る。そして構えてサファイルを見た瞬間、泣きそうな顔で見たのだ。まるで何故、かまえたのか聞きたいと言いたげに。
手が小刻みに震え、足も震える。だが、睨むことだけ。相手を見据える事だけは、怠らない。
作品名:ラビリンス 作家名:兎餅