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ラビリンス

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はるか昔、幾千年前に勇者と魔王が、人間と魔族が激しい争いを起こした。
互いに多くの犠牲を払い、血の涙を流し飲み込み。
両者は争い続けた。犠牲にした想いと命は数知れず。
「魔王!約束通り来たぞ!!」
青い髪の勇者が叫ぶ。体中血まみれで息は荒い。
だが、魔王を見る瞳は力強く、射抜かれるほどに鋭い。
魔王は深紅の瞳を煌々と輝かせ、嬉しそうに笑った。口元がにんまりと弧を描く。
血色の悪い肌と整った美しい顔、鋭い深紅の目、夜のような黒髪の頭から生えているのは黄金の二対の角。
左肩に三枚の黒い翼、右肩には蝙蝠の翼が三対。そしてドラゴンのような尻尾が三本生えていた。その姿は、いかにも魔族であり、周囲に畏敬を抱かせる王者の風格があった。
「待ちくたびれたぞ、お前はいつから世を待たせる程、偉くなった?」
その声は美しく、艶がありどこか甘ったるい。だが言っていることはかなり上から目線だ。
勇者は青い瞳に覚悟の光を宿し、剣を握りなおした。
魔王もそれを感じ取ったのか、嬉々として左腕をつきだす。その腕には、魔石が大量にあしらわれた腕輪が3つ。突き出された手は、骨ばっており爪は黒い。
「さぁ、サファイズム。殺しあおう…互いに最後の命を差し出して!!!」
それが合図である。勇者サファイズムは雄叫びを上げ、魔王の懐に飛び込んだ。
魔王も勇者の胸を貫こうと腕を突き出し、両者は互いの攻撃を受け止めた。
瞬間大地を包んでいた暗雲は消え去り、人々は勇者が魔王を封印したことに歓喜したのだ。
しかし、勇者の死に多くの人々が悲しみ、魔族も果敢に自分たちと王と戦った勇者に賛美を贈った。そして、人間と魔族の間に『以後、二度と戦いは起こさない』という盟約が交わされた。
年月は立ち幾千年。魔族と人間の仲は、険悪である。
原因は魔族と人間たちの価値観などである。多くの人々が魔族を敬遠し、嫌った。魔族も同様である。
現在にもし魔王と勇者が存在すれば、互いに良き指導者となったであろう。
「・・・この学者先生の考え、いい気がするけどさぁ」
「その架空論、ヴァレシア法律学会でバッシング受けたやつじゃん」
「無理あるでしょ?だって、勇者と魔王を蘇らせなくちゃダメじゃん!!魔王はともかく、勇者なんかもう故人でしょ!!!」
三人の女学生が一つのテーブルで言い合う。彼女たちはヴァレシア大学院法律専攻の短期学生たちだ。
癖のある赤い髪を一つまとめにしている緑の目がべティ、少々跳ねている青い髪に青い瞳がサファイル、ストレート金髪で肩まで揃え琥珀の目をしているのがトパリアである。
べティとトパリアの成績は中の上であるが、サファイルは城の法律を規制・管理する法律管理官に決まっている秀才だ。
「勇者と魔王が抱き合うように血だまりの中にいたのは、有名な話だよね。」
「まるで恋人同士だったみたいに、魔王が大切そうに抱きしめてたらしいじゃない?」
べティの言う話はこの世界に生まれた者なら、誰でも知っている有名な話である。パトリアの話は最近出てきた記述らしい。両者の話にサファイルがニヤリと笑う。
「マジで恋人同士だったりして?」
その意見は、あっさりと却下された。その時サファイルの胸がチクリと痛んだ。
第一、 正義と悪の化身と呼ばれる両者が惹かれ合うのがおかしい。と二人は言い始める。
それに男同士、敵同士。魔王は顔がよくとも考える作戦は、容赦がなかった。
よって両者に恋愛感情が芽生えるのは、不可能。
声高に言う二人に若干、サファイルは圧倒される。
しかもトパリアは大学院きっての魔族嫌いだ。なんでも母親が魔族に強姦され、自殺したかららしいが。詳しくはわからない。
溜息をつくとサファイルは、図書館の大時計を見る。
時刻はもうすぐ3コマ目を始める時間に差し迫っていた。サファイルは苦笑いし、大急ぎでリュックに教科書やノートを詰め込む。
「?どうしたの、サファ??」
「あんたって3コマ目とってた?何学??」
べティとトパリアの質問にサファイルは、焦るように言う。
「魔王課程学!やばい、あれやりたかったから遅れたくない!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ?!あんた、何敵の総大将がいたらこうだとかいうやつ取ったの!!??いらないでしょうが!!!」
トパリアの罵声にやりたいからというと、大急ぎで図書館を出ていく。
ルビアはサファイルらしいと笑いながら、トパリアと『ヴァレシア王国法』の辞典を開く。
「やばい!あと5分だ!!あの講義室遠いんだよな~」
走りながらサファイルは、愚痴を言う。
その時だった。グニャリと空間が歪んだのだ。
空間を歪めることが出来るのは、それだけの魔力を持つ実力者か、魔法学科の教授達くらいだ。しかも、暴発など絶対あり得ない。なぜなら必ず結界を張り、外部まで被害がいかないようにするためである。
しかし、奇妙だ。聞いた話では空間を歪ませる魔法は、相手を術者に所へ導くためのもの。
それにである。奇妙なのは、通路の色だ。
極彩色。目が痛くなってしまいそうなほど毒々しい色合い。
吐き気を催しそうなその色を不気味に思いながら、後ろを振り向いてもその通路。
サファイルは覚悟を決め、深呼吸をする。
もしかしたら、先生が自分を迎えに来たのであろう。そう考えた。
だが、その予想は見事に外れのである。
なぜなら、進めば進むほど奇妙な感覚に襲われる。何故か生き急ぎそうになる。
急に湧き上がってきては、消えていく感情。
これは何だろうか?サファイルは困惑し、反面懐かしむ。
何かが近づくたび苦しくなっていく。何かを欲するように。
そして、寂しそうな声が耳を掠めた。
寒い
苦しい
誰か
助けてくれ…
瞬間、その声で胸が強く締め付けられ気がつけば、走っていた。
脳内にあるのは、ただ一つ。
「独りにさせてごめん」
一体誰に向けて、自分は謝罪しているのだろうか。それすらわからない。
徐々に終わりが見えてくる。そこには、石でできた扉があった。
鎖で幾重にも取っ手に巻かれ、ビクともしそうにない。
だが、サファイルが触れた瞬間いとも簡単に鎖が消え失せ扉が開く。
足を一歩踏み入れると、そこには白い大理石の部屋があった。
中央には、多くの魔石をあしらった黄金の棺ある。周りには、大理石の柱が薄い桃色に近い透けたカーテンがかかり、棺の主が高貴なものであると一目でわかる。
柱には古代文字が記され、サファイルは読もうにも読めない。この部屋は、何なのだろう。
知っている気のする懐かしい部屋。昔、まるでいたような。
「…ここって、一体?…どう見ても、霊安室じゃ…!!!!!」
サファイルは棺の主を見て、息を呑んだ。
血色の悪い肌、端正な顔立ち、夜のように黒い肩までの髪、黄金の二対の角。
胸に深々と刺さった大剣。それは、よく伝説で言われる勇者サファイズムの封印の剣。
この者は、魔族であり魔王。外見で判断したのでは、ない。
そう心が告げている。この者が魔王であると。
サファイルは魔王の顔を良く見ようと屈みこむ。ふと涙が零れた。
何故、自分が泣くのだろうか。魔王はおとぎ話の人物。
会ったことなどない。なのに、胸を占める切なさと嬉しさは何であろうか。
頬を一撫でする。すると落ち着く。
作品名:ラビリンス 作家名:兎餅