小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

狐の嫁入り。

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

「――主様。誠に申し訳ありません。たまが、たまが未熟故、玉藻様の婚礼の用意が間に合いませんでした」
 その静寂を破ったのは、さっきから私を引っ張っていた子狐だった。
 子狐はびくびくした様子でおそるおそる言った。

「――良い。彼女が来ているのは人間でいうところの制服、正装じゃろうて」

 優しく凛々しい声が響いた。
「さて、玉藻。久しぶりじゃの。私を覚えているか?」
「え…?」
 その声は、行列の先頭に居た誰かから発せられていたことに気付く。
 衣をとり、姿を現したのは――どこか見覚えのある綺麗な男の人で。
 その頭には獣の耳、そして背からは九つの尻尾が生えているのが見えた。
「お主、明日誕生日じゃろう? 約束通り、迎えに来たぞ」
 柔らかく微笑んだ男の人、見覚えはあるのに、出てこない。
「…玉藻、お前知り合いか?」
 裕也が小さく訪ねてきた。
「――多分、私…知ってる気が」
「嗚呼、やはり忘れてしまったのか。仕様のないことだ。もう十年も前になるからの――」
(十年前…?)
「我が名は――そうだな、お主ら人間が呼ぶところの天狐でいいだろう。
 玉藻、迎えに来た。さぁ、婚儀を始めようではないか」
 朧げな記憶がゆっくりと私の中でよみがえってきた。
「あ、あなた――あの」
 思い出されたのは十年前の記憶。
「迷子になった時に――助けてくれた…」
 山の中で天気雨に合い、迷子になった私を助けてくれた男の人。
 そして「狐の嫁入り」について、教えてくれた人。
「思い出したか、私は嬉しいぞ」
 笑みを深めた男の人は、そのままくい、と手招きする。
 すると、私の体が宙に浮いて、その男の人の元へと移動した。男の人は私を受け止める。
「玉藻!」
 気がつけば裕也が叫んでいた。
「お前! なんだよ、玉藻を返せ!」
「おや、あれはなんだ玉藻。主の友達か?」
「え…はい…」
 まじまじと近い位置で顔を見つめられたまま問われ、答えるのに一瞬戸惑う。
「ふむ、ならいたしかたないの。彼奴は捨て置け。玉藻の友人らしい」
 くくくと笑う男の人。
「のう友人、しばし玉藻を借りるぞ。なに、もう二度と帰さんと言うわけではないから安心するが良い」
 そう言って、男の人は私を抱いたまま踵を返す。
 当の私はなんとなく頭がぼんやりしていて、考えがまとまらない、追いつかない。
 気がつけば行列は男の人と私を先頭にして踵を返して進みだす。
(――え、何これ)
 そしてようやく、事態を把握することができた。
「玉藻っ!」

(私――攫われてる?)

 裕也の声が、どこか遠く聞こえた気がして、声の方向を見れば、霞がかかったようでほとんど裕也の姿が見えなくて。

「――え?」

 私のそんな疑問の声は、男の人の笑顔と鳴り響く楽器の音に塗りつぶされた。

作品名:狐の嫁入り。 作家名:紅月 紅