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狐の嫁入り。

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 私や裕也が住んでいる町はどちらかといえば田舎で、山がすぐそばにあるような場所だった。
 昔からいろんなところに社や鳥居があって、古くから様々な神様が祭られているそうだ。
 この図書館も山の中に建っていて、すぐ近くには稲荷神社があった。
 だからだろうか。
 遠い昔の記憶が思い起こされたのは。
 ――あのあとも私はぼんやり昔の記憶を掘り起こしてみて、手が止まって裕也に怒られたりしつつも、なんとか数学の範囲を裕也に教えてもらいつつ、裕也に英語の範囲を教えて、図書館の閉館時間を迎えた。
 閉館時間は午後六時。日に日に太陽が空に昇っている時間が延びていて、今日はまだ明るかった。
「ありがと裕也。大分ましになったかも」
「俺も、やっと理解できたとこあったわ」
 山道なので自転車を押しながら帰る。坂道はそれなりに急だ。歩道はまだまだ降りないと無くて、道が綺麗に整備されていない。
「ここ図書館蔵書多くて便利だけど、もっと来やすいようにすればいいのにね」
「だよな、ここの道整備するとか、いっそ場所を移すとかさ」
「学校からはそれなりに近いけど、家からだとちょっと遠いもんね」
「山の中だからな。っていうかなんで山の中にわざわざ図書館なんで建てたのか、まずそこが気になる」
「あ、わかるそれ」
 適当な雑談をしながら山道を降りていく。
[そういえば、この近くにも鳥居あるよな」
「あ、そうだね。確か――稲荷神社だっけ? 稲荷って…」
「狐の神様だろ」
「あ、そっか」
「お前…狐の嫁入りとか言い出すから知ってるんだと思ってた」
「ど忘れですー」
 呆れた様子の裕也に慌てて言い訳して、私は咳払い一つ、言葉を続けた。
「ってことは、もしかしたら近くで結婚式してたのかもしれないね。それはその準備かな?」
「ははっ」
「あー、またそうやって笑うでしょー? あんた高校入ってから性格ねじ曲がったんじゃない?」
「んなことねぇよ」
「絶対曲がった」
 私がそう言って笑えば、裕也は呆れ顔のままで苦笑した。
 ――すると、ふわりと雨のにおいがして。
「…あ、やば」
「これ、降ってくるよね…」
 私と裕也が気付いたころにはもう遅く、ぽつりっぽつりと雨が降り出した。
「うわあああ」
「ちょ、雨宿り雨宿り!」
 整備された歩道に出るまであと少し、といった山道の中での雨は散々なもので、私と裕也は急いで大きな木の下で雨宿りをする。幸い木の葉や枝が雨の雫を受け止めてくれているらしく、びしょびしょになることはなかった。二人してほっとする。
「いきなり降るのはなしだろ…」
「だよね――ってまた天気雨だ」
 鞄が濡れていないか確認を終えて空を見れば、空は綺麗に晴れていた。なのに雨は降り、次第に強くなっている。
「すぐやむかな?」
「…この分じゃやまないだろうな」
 自転車のサドルに腰をかける。背中は大きな幹に預けてぐっと背中を伸ばした。これから雨宿りがどのくらい続くのか見当がつかず辟易する。
「――はぁ」
「んなため息つくなよ。俺まで気落ちするだろ?」
「だってさー」
「お前の話でいうところの狐が結婚式挙げてるんじゃねえの? おめでたいんだから喜んでれば?」
 冗談めかしてそう言われたが、雨のせいでなんとも怒る気も起らず。
「私は招待されてないので喜びませんー」
 適当にそう返した。
 その時だった。

「お呼びしおりますよ。玉藻様」

「え?」
 自分の名前を呼ぶ声がした。
「……今名前呼んだ?」
「呼んでない。――今のはなんだ?」
 裕也にも聞えていたようだ。私はサドルから降りて辺りを見回した。
 すると、

「玉藻様」

 もう一度、さっきと同じ声で名前を呼ばれた。
「え、なにこれ、ちょっと怖い」
「玉藻、俺から離れるなよ」
 いつになく強い声で裕也にそう言われ、私は頷いた。
「誰だ、誰か居るのか?」
 裕也が見えない何かに声をかける。

「――ここでございます、玉藻様」

「!」
 また声がした。きょろきょろと周りを見渡すが誰もいない。怖くなってきて、ふと視線を足元に向けた。
「…ひゃあっ!」
「どうしたっ」
「こんにちは、ご機嫌麗しゅう」
 ――足元に、子狐が居た。
「き、狐の子ども…?」
 びっくりして裕也にしがみついたのが恥ずかしい。裕也は子狐をまじまじと見つめる。
「…喋ったのはこいつか?」
「いや、そんなわけな」
「私でございます」
「「!」」
 今度は、意識していた子狐から声がするのを私と裕也は聞きとった。
 ――全くわけがわからない。
 子狐は私達二人をじっと見て、そしてまた、
「玉藻様、どうぞこちらへ。そろそろ主様がいらっしゃいます故」
 そう言って、背を向けた。小さな尻尾をふりふり、一歩二歩を歩み出す。
 その背中を見つめるのは私達で。
「……なにこれ、夢?」
「俺頭が痛い気がしてきた」
 勿論、私達は道端で眠ってしまったわけでもなければ、夢を見ているわけでもないはず。――これは現実だ。
「なにをしているのですか玉藻様。早う、早うこちらへおいでくださりませ」
 私が呆気にとられて、というか夢心地でいるのを見兼ねてか、子狐はてててっと戻ってきて、私の靴下を甘噛みして引っ張った。
 私はバランスを崩して前へこけそうになる。すんでのところでどうにか持ちこたえて、雨に濡れるのを覚悟して空をちらりと見て。
「……あれ、私、濡れてない?」
 雨は降っているというのに、私は全然濡れていなかった。まるで私のいる場所だけ雨が降っていないかのように。
「えっ、ちょっ、裕也!」
「玉藻!」
 子狐はどんどん私の足を引っ張って行こうとする。裕也は一瞬怯んだがすぐに私に手を伸ばしてきて――。
 しゃん、しゃんと、鈴の音が聞こえてきて。子狐が足を止めた。
「嗚呼、しまった。もういらっしゃった」
 鈴の音は私の耳にも、そして私に手を伸ばしたまま静止した裕也の耳にも届いた。
「玉藻様、こうなっては仕方ありません。どうかこのままで。身なりを整えて差し上げる時間は無くなってしまったようです」
 しょんぼりとした子狐の声は、私の耳を左から右へと通り過ぎて行った。
 ――鈴の音と、じょじょに見えだした赤い光に、目を奪われて。
 現れたのはなんとも信じがたい光景だった。
 しゃん、しゃんと鳴り響くのは振り歩く鈴の音、太鼓の音がずしんと響き、ひゅるりと横笛が吹き始められる。
 赤い光は提灯の光だったらしく、行列の中で一際目立っていた。
 そして最も驚くべきことは――それら全てを成している行列は全て、狐で成り立っていたことだった。
 狐が鈴を鳴らし、太鼓を打ち、横笛を吹いていた。
 提灯を持ち歩き、二足歩行で綺麗に行列を成している。
「―――」
 その行列の先頭には、衣をまとい、姿を隠した誰かが歩いていた。
 微かに見えるのは頭にかぶっているらしい烏帽子の様子と、黒い足袋だけ。
(人――?)
 そして私と裕也の目の前で、その行列の動きがぴたりと止まった。
 音が全て止んで、静寂が訪れる。
「「―――」」
 何かに圧倒された私と裕也は、何一つ口に出せないまま、その光景をまるで他人事のように見つめるしかできなかった。
作品名:狐の嫁入り。 作家名:紅月 紅