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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛捕り編(後)

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「い……いえ……別に、苺春はんと連絡先のかえことするのが嫌だとか、そういうことやないんどす。ただ……一つだけ問題があって」
「問題……?ほう」
八重は周囲を見回して、同僚の目がないことを確認してから、苺春の耳元に口を寄せた。
「実は……店長に連絡先のかえこと、禁止されとるんです」
従業員と客が個人的な関係になってはいけない。こうしたルールを設けなければ出会いにキリがなかった。それに、客と従業員が親しくなれば、それだけで厄介な問題が色々と出てくる。そのような点も考慮して、店長兼友人はこのようなルールを設けたのだった。
しかし、これしきの事で引き下がる苺春ではなかった。たとえ、今は無理でもまた次にチャンスはある。
「それじゃあ、また今度会った時にでもどうですか?」
「え……?」
「今度は、こっそりあらかじめ準備をしておくんです。連絡先の交換なんて、すぐに済みます。要領良くこなせば、店長に見つかることもないでしょう」
「あ……なるほど」
八重は、心の底から感心したような表情になった。
やはり、苺春は見た目も頭も良い。彼女は苺春にますますに惚れ直すのだった。
「そうしてもらえると、助かりますわ」
「ええ、じゃあそういうことで」
会話を切り上げると、苺春は横に置かれた革の鞄を手に取り、中から財布を取り出した。
それを、わざと八重に見えるように、チラチラと目の前でちらつかせてみる。
すると、案の定八重は自分が払うと言いだしてきた。
「どもないどす。今回はうちが払っておきまっしゃろから」
「ああ、そうですか。悪いですね」
申し訳なさそうな表情を作りながら、苺春は財布を鞄にしまい、密かにほくそ笑んだ。
「いえいえ、お構いなく。その代り」
八重はニコリと、愛嬌のある笑みを浮かべた。
「これからも、うちの店ひいきにしておくれやすね」
「ははっ。もちろんじゃないですか」
嫌が応にでも来てやるよ。
そんな邪な感情は内に隠し、爽やかな笑みを浮かべながら苺春は立ち上がった。
「それじゃあ、また今度来ますね」
店の出口へと消えていく、苺春の後ろ姿を見送りながら、八重は恍惚な表情を浮かべていた。
ああ、苺春はん……やっぱあんさん、運命の人やわ。そんなあんさんに出会えて、うち幸せよ。
「ホンマおおきに」
苺春の姿が見えなくなっても、八重はしばらく頭を下げていた。