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きみこいし
きみこいし
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ7

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5:甘い罠 王の都(マヌカ・ホスマ)



翌日は朝早くから目が回るほどの忙しさだった。
宮殿にあがるとなって、商人たちは身なりを整え、商品を美しく磨くことに余念がない。
とくに舞姫たちの気合いの入れようには、尋常ではなかった。
わいわい、ぎゃいぎゃい、とあまりの騒がしさにイオも頭を抱え、うずくまる。



そして、いよいよ宮殿にあがる時刻となった。
彼らが招き入れられたのは、緑が豊かに生い茂り、鮮やかな花が咲き乱れる中庭の一角だった。すでに宴の用意はなされており、石畳には絨毯が敷き詰められ、酒杯に豪華な料理が並ぶ。そして、上座に王子とその側近たちを迎え、いよいよ宴がはじまった。
軽やかで心地よい楽の音に、あでやかな舞姫たちが魅惑の笑みを浮かべ舞い踊る。長い手足、豊かな胸、ほっそしとした腰、キラキラと輝く彼女たちに、観客たちは思わず感嘆の声を漏らした。イオも柱の影から覗きながら、サルマたちの楽と舞に見入っていた。
さながら、この世の楽園のようだ。
そうして最後の楽の音が途切れると、舞姫たちはその場に跪き頭を垂れた。
周囲から惜しみない拍手が送られる中、隊商の長が王子の御前に進みいで、あらためて感謝の言葉を述べるのだった。長々と送られる祝福と賛辞に王子は苦笑すると、商人を側に招き寄せた。

「よい舞いだった。みなも存分に楽しんだことだろう。これを」
緊張にこわばる商人に、王子は手元の小袋を手渡した。ずっしりと重いその感触に思わず商人の頬が緩む。機嫌をよくした商人に王子は言葉を続ける。
「少し、彼女と話がしたい。よいか?」
格別の待遇、過分な褒美。拒めるはずもないし、拒む理由もない。舞姫たちも競い合い、喜んで王子の側にはべるだろう。
「は、もちろんでございます。誰なりと」
満面の笑みを浮かべ、王子の指先を追った商人は唖然と目を見開いた。いや、商人だけではない、王子の側近たちも意表をつかれ、酒杯を取り落とす。
ハキム王子が指したのは、その場の誰もがまったく予想もしていなかった娘だったのだ。
ぽかんと、惚けていた長はあわてて表情をあらためると、娘の名を呼ぶ。
「イ、イオ!こちらへ」
商人の長の呼びかけに、舞姫たちは落胆の悲鳴をあげ、まわりに控える者たちは口々に驚きの声をあげる。
なぜ呼びつけられたのか、まったく理解していない様子の少女に、幾多の商売で剛胆さを自覚していた商人も「これで大丈夫か」と流石に肝を冷やすが、けれど、イオの耳元にひそひそと囁いた。
「いいか、何事も成り行きに、王子にお任せするのだ。くれぐれも、失礼の無いようにな」
「はぁ」
そう暗に含ませても、この鈍そうな娘は相変わらず不可思議そうな表情で応じ、いっそう商人の不安をあおってくれる。
「イオ。ついてきなさい」
席をたち、宴を後にする王子に、商人に背中を押されイオは続く。だが、彼女の横に平然と並んだジャハールに、ハキム王子は優美な眉をひそめた。
状況を察しているのか、いないのか。男の憮然とした態度は相変わらずだ。商人たちは泡を食って、あわててジャハールをひきとめた。
「おい、お前はこっちだ!」
「あぁ?」
「当たり前だろう。場の空気をよめ」
ギロリと鋭い視線を受けて、冷や汗をながしながらも、商人たちは男の腕をつかみ、引き戻す。
「ふん、オレに命令するとは。いい度胸だ・・・」
怒りにふくれあがっていくジャハールの魔力を感じ取り、イオは慌てて声をあげる。
「ジャハール!やめてよ!!・・・あの、おいていくと(何をしでかすか)心配なので、彼も一緒ではだめですか?」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
恐れを知らぬ突飛な質問に、その場の誰もが息をのみ、目を剥いて飛び上がる。
王子も目を丸くしていたが、ふと口元をゆるめると声をあげて笑いだした。
「ふ、あははは。いいよ。きみが望むなら」
「あ、ありがとうございます。いこう、ジャハール」
そうして意外にも上機嫌に去っていく王子と奇妙な取り合わせに、残された面々は一様に首をかしげ見送ったのだった。




「めずらしいね。ジャハールがついてくるなんて。そんなにハキム王子が気に入ったの?」
先を歩く王子に聞かれないようにか、ジャハールの側に寄り添いこっそり囁くイオを、魔神は呆れたように見下ろした。脳天気にもほどがある。
「お前な・・・」
「ん?」
はぁ、とため息をつきジャハールは噛んで含めるように口をひらく。
「いいか、オレは口をはさまない。イオ、すべてはお前が決めることだ」
「う、うん」
思いもよらぬジャハールの真摯な眼差しに、気圧されてイオは頷く。
――――まったく、わかっているのか、いないのか。あきれた主だ。
二人のやりとりを気にするでもなく歩みを進める王子に先導されて、たどりついたのは池に浮かぶ東屋だった。
砂漠の世界でこれほど豊潤に水を使う贅沢さに、イオは吐息をもらす。
吹き抜ける風は水を含み、涼しく、心地よい。東屋に灯されたランプの光が水面に浮かび揺らめいて。まるで夢のような夜だった。
うっとりと見入るイオとは対照的に、ジャハールはさっさと適当な石段に腰掛け、ぶらぶらと足を投げ出している。
「イオ、こちらにおいで」
王子の招きにおそるおそる側に腰を下ろすイオだったが、見るからに高価な絨毯、調度品に落ち着くはずもない。もぞもぞと身じろぎする少女に、王子は微笑みかけ、口をひらいた。
「気に入らないか?」
「いえ!そんな、まさか!!」
ぶんぶんと首をふる少女に目を細めて、王子は言葉を続ける。
「イオ、きみは元からの隊商の者ではないと聞いた。砂漠のオアシスで彼らに都までの同行を願い出たと」
「はい」
「それで今、きみたちは望み通り都についた。これからどうするつもりか、聞かせてくれないか?」
「・・・・」
指輪に目をおとし、イオはそっと黒い石を指でなぞる。触れれば痺れる、氷のように冷たい石。指輪は相変わらずイオの手におさまったままだ。
「そもそも、きみはどこから来たの?」
「・・・・」
答えられずに困った様子で黙りこんでしまったイオを見つめて、王子は話を続ける。
「実はね、数日前ネイシャブールに魔物があらわれたと報告があったんだ。突如あらわれた黒い男に市場は壊滅され、多数の死傷者がでた。そしてその夜、一人の少女が消えたというのだよ。知恵の館に通っていた魔術師見習いの少女が・・・」
ビクリとイオの肩が震える。
「わたしは事の真実を確かめ、また救援に向かうために、ネイシャブールへ向かう途中だったのだ。たまたま盗賊に襲われているきみたちを助けることができた。だが、盗賊たちを取り調べてみると、いくつか気になる事を話していてね。なんでも、そちらの彼は恐ろしく強く、そして不可思議な力を使っていたと」
王子の鋭い視線を平然と受け流し、ジャハールは鼻を鳴らす。
「あ、あの、それは」
ハッと息をのみ、顔をあげたイオを見て王子は確信する。
「彼がその魔物。そして、きみが魔物の主人なんだね」
「・・・はい」
硬い表情で頷く少女に、王子は表情をやわらげる。
「こわがることはないよ、イオ。わたしはきみを拘束したり、危害を加えるつもりはない。ただ、少し話がしたいのだ」
「話・・・」