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我的愛人  ~顕㺭和婉容~

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第七章



「……条件があるの」
 しばらくして婉容が呟いた。
「貴方ではなく、金璧輝となら旅順に行くわ」
「それはなりません。川島はあの通り皇后陛下を護衛できる状態ではありません」
「わかっていてよ、そんなこと。ですから、彼女が全快してからの話ですわ。そして、その間私が彼女の面倒を見る。これが条件よ。どうかしら? もし、それも駄目だというのなら……」
 婉容は素早くリビングへと走り、窓を開けるとバルコニーへと躍り出た。

「ここから飛び降りてしまうことよ」
 皇后然とした凄絶な笑みを浮かべて、後から追ってきた甘粕を振り返った。
「そうすれば貴方が先刻おっしゃったように、『手荒な真似をしてでも皇上の許へ連れて行く』ことはできないわね? さあ、どうするの?」
 
 甘粕の能面のような顔に初めて苦渋の表情が現われた。中国人密偵を拳銃で撃ち殺したこの皇后なら自殺することなど平気でやりかねない、そう彼は思ったのだ。
 甘粕は──関東軍はどうしても重要な手持ちの駒を必要としていた。新国家建設に不可欠な二つの駒。一つは溥儀。そしてもう一つはこの婉容。今ここで無用ないざこざを起こしてその駒の一つをフイにするわけにはいかないのだ。

「わかりました。すべて皇后陛下のおっしゃるままに致します」
「そう。わかって頂けて嬉しいわ。それでは彼女の手当が済んだらすぐに出て行って下さらないかしら?」
 甘粕は黙って頷いた。そして当座の間必要な物を届けさせるというような事を言い残し、暫くして治療が済んだ軍医と共に ──軍医は婉容に毎日の手当ての仕方を教えて──二人は部屋を後にした。
 婉容は即座に鍵をかけた。そしてほっと胸をなでおろすと、軍医がソファでは治療がやりにくいと移動させたのだろう、璧輝の寝ている客間へと急いだ。

 ──私を庇ってこんなことに……。
 顔を反対側に向けたままうつ伏せで熟睡している璧輝を見下ろして、婉容は静かにベッドに腰かけた。
 甘粕と渡り合った時の胸の鼓動が今でも鳴りやまない。正直、怖かったのだ。甘粕は、本当に婉容を力ずくで旅順に連れて行きかねない勢いだったから。婉容があんなに強い意志を持って人と対したのはもちろん初めての事であり、あんなハッタリが自らの口から出てきたことに彼女自身が一番驚いていた。

 それもこれもすべてはここに安らかに眠っている金璧輝のため。知らぬ間に成長してしまった、自分でも理解し難いこの感情が、婉容をそこまで強くしたのだ。
 手が小刻みに震えている。自分でもよくやったと褒めてやりたい。自然と笑みが零れてくるのを抑えられず、婉容は震える手を差し伸べて、安らかに眠る璧輝の乱れた髪を何度も優しく撫でつけた。