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葉咲 透織
葉咲 透織
novelistID. 38127
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ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~

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窓際の席に案内される。日光によって椅子は暖められていた。青年は手書きのメニューを持ってきて翔威に見せた。余分な装飾のない、黒一色で書かれた筆致は丁寧だがどこか無骨で、青年の本来の性格を思わせる。
メニュー自体は少ないので、少しの間翔威は考えて、「ダージリン」と注文をした。紅茶は詳しくないのだが、コーヒーよりも紅茶の方が種類が多いということは、この青年は紅茶党ということだ。
「かしこまりました」
青年は礼をして、バーカウンターの中に向かう。
少し離れた自分の席から青年の様子を窺う。紅茶の淹れ方にはこだわっているようで、チェーン店だとポットで保温してあった湯で淹れる場合がほとんどだが、彼はまずやかんに水を入れ、火をかけるところから始めた。
「お湯、沸かすところからなんですね」
「ええ。気の短いお客様には不評なんですがね。美味しい紅茶のためには、沸騰したてのお湯じゃないと」
青年は次に、電子ポットの湯をティーカップとティーポットに注いだ。興味津々と言った表情の翔威に気づいてか、青年は「カップを暖めているんですよ」と微笑んだ。
ダージリンの茶葉の入った缶を用意したりと準備していると、やかんがピィ、と音を立てた。いまどき珍しい、笛吹きケトルだった。なんとなく翔威は懐かしい気持ちになる。
「紅茶の葉は、人数分よりも1杯多くいれると、美味しくなるんですよ。紅茶好きの妖精が喜んで、魔法をかけてくれるから」
現実的に見える青年の口から迷信めいた言葉が出てきて翔威はわずかに驚く。
「イギリスでは有名なことです」
茶葉をスプーン2杯入れた。そこに熱湯を注ぎ、ポットに蓋をする。そのまま冷めないようにティーコジーを被せ、銀のトレイにポットとカップ、そして砂時計を載せて青年は翔威の元にやってきた。
「今蒸らしているので、この砂時計の砂が落ちきってから、注いでください。おすすめの飲み方はストレートですが、お好みでミルクも。ダージリン特有のマスカットフレーバーをお楽しみくださいね」
優雅な手つきで翔威のテーブルにそれぞれを置き、紅茶の飲み方のレクチャーを受ける。
紅茶などティーバッグでしか飲んだことのない一般的な男子高校生の翔威はふむふむと頷き、砂時計の砂が落ちるのを見つめた。
青年はバーカウンターに戻り、洗い物をしている。
砂の最後の一粒が落ちきり、翔威は紅茶をカップに注いだ。透き通った茶の赤色は鮮やかで、ふんわりといい香りが翔威の鼻に届いた。
なるほどこれがマスカットフレーバーか、と納得しながら砂糖だけを入れて、薦めに従ってストレートで飲む。やや猫舌なので、用心しながら口に入れると、今まで飲んできた紅茶はいったいなんだったのか、と思うほど美味だった。
翔威の表情から気に入ったことを読み取ったらしい青年は、「美味しいですか?」という一言を投げかけた。
翔威はぶんぶんと首を縦に振る。
「冷めてしまうから、ティーコジーはポットにもう一度、被せてくださいね」
すぐに飲み終わってしまうのはもったいない。
喫茶店でゆっくり本を読む人って、こういう雰囲気とかを味わいたくて本を持って喫茶店に入るんだろうな、とひとつ大人の階段を上ったような気がする、翔威であった。



「ごちそうさまでした!」
紅茶の味と香りを堪能した翔威はいい気分転換になった、と財布を取り出そうとする。元々行こうと思っていたコーヒーショップより少し高いだけだが満足度は二倍も三倍もあったので、来てよかったと思う。
カウンター内で仕事をしていたらしい青年がやってきて、翔威の目の前に腰を下ろした。
間近で見ると、アンバランスな美貌が際立って見える。男に興味はないが自分の心に素直な性格の翔威は、きれいだなあ、と心から賞賛した。口には勿論出さなかったが。出していたら変人扱いだろう。
「それで、お客様? 何かお困りのことがございませんか?」
「え?」
思ってもみなかった問いかけに、翔威は顔を上げてまじまじと青年を見つめる。見られることに慣れているのだろう青年は、照れるというような反応を返すことはない。
「困っている、こと?」
中間テストの数学がやばい、とか、兄のねちねちした嫌味をどうにかしてほしい、とか世話役が過保護すぎて窮屈だ、とかいろいろあるにはあるが、それらはすべて自分で解決しなければならないことだ。見ず知らずの喫茶店の店員(あるいは店主なのかもしれない。彼以外の人間はいない)に相談するようなことではない。
「いえ、特にないですが」
「最近頭が痛いとか、誰かにつけられてるとか、そういうことはない?」
「ないです」
即答すると、青年の顔色が変わった。
それまではにこやかな表情を崩さない人形のようだったのが、頬を薔薇色に染め、右目を見開いた。
般若、というかなんというか。
怒っているのだと、翔威は気がついた。
その次に青年が口を開いたとき、彼はすでに人の好い店員ではなかった。
「じゃあお前、なんでここに入ってこられたんだ?」