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おとぼけタクシー

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後ろのラジオ




 早朝の五時に洗車をしていると、FMラジオから落ち着いた大人の女の声が聞こえる。
小生はその声がたまらなく好きで、きれいなひとだろうなあと思いながら、窓を拭くのもおろそかになってしまう。そのひとは本格的なフランス語でも話をする。何を云っているのかはわからなくても、とにかくこれが実にいい。

 午後十一時過ぎ。山手線の目黒駅。バス乗り場にタクシーが並ぶ。深夜バスが来るとそこから追い出されてしまうのだが、駅の反対側のタクシープールよりも待ち時間が短くて済む場合があり、小生はそこで乗客を待つことが多い。

 或る晩、そこから東麻布まで行きたいと云う女性を乗せた。目黒通りを走行中、奇妙な体験をした。後部座席のほうから、あの、フランス語を流暢に話す女子アナの、素晴らしい声が聞こえて来たのである。それは、まるで後ろにラジオがあるような、不思議さだった。

 鳥肌を立てながら聞き耳を立てると、あと三十分余りで新番組のナビゲーターとしてマイクに向かうのだと、恐らくは友人に向かって携帯電話で話している。いいこと聞いちゃった!と、小生は心の中で叫んだ。そして、目黒駅近くのレストランで番組プロデユーサーと、直前の打ち合わせをしていたのだと云うのが聞こえた。

 新一の橋を右折して間もなく、指示されたスタジオに近いマンションの前で車を停止させた小生は「OOさんこんばんは。私はOOさんの大ファンで、朝の番組は昨日も聴きましたよ!」と、云った。
「声だけでわかったんですか?!凄い聴覚ですね。驚きました。でも、その番組はもう放送してないんですけどね」
ガーン!そういえば、最近は聴いてなかったかな?と、小生はひたすらうろたえたのであった。
「その代わり、あと三十分で新しい生番組が始まりますから、わたしの顔を見てがっかりしても、聴いてくださいね」
「は、はい。仕事をサボってでも聴きます。でも、OOさんは想像以上にきれいなひとでした」
「あっ、おつりは結構ですよ」

 日付が変わった午前零時に、小生は絶対にラジオの新番組を聴いてやろうと思っていた。
南青山七丁目で信号待ちをしていた午後十一時五十七分。「空車」から「回送」に小生が表示を切り替えようとしたその刹那、後ろの窓を叩かれたのだった。
  乗車した客はさいたま市に住まいのある中年男だった。というわけで、あの素晴らしい声のOOさんの新番組を聴くことができなかった。

作品名:おとぼけタクシー 作家名:マナーモード