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狂言誘拐

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 常温保存可能な食品ばかりを急いでかごに入れ、セルフレジコーナーに戻ってきた。「精算開始」ボタンを押すと「レジ袋をご使用になりますか?」と機械から訊かれる。液晶画面で「はい」を押すと、精算が始まる。商品のバーコードを機械に読ませてから、品物をレジ袋に移動する。それをしないと機械の声が「商品をレジ袋に入れてください」と云う。全て完了すると支払いボタンを押し、紙幣を機械に挿入する。釣り銭を受け取ってそこを離れようとしたとき、「レシートをお受け取りください」とまた機械から合成音声が云った。警備員が何度か接近しようとした気配だったが、問題なく精算が行われたことを察して踏みとどまったようだった。
 ふたりが屋外に出ると、夜食を買うために来たらしい、髪を染めた若い男女数人が見えた。待たせているタクシーを見ると、乗務員が車の外で寒そうに煙草の煙を吐いていた。メーターは「支払い」に戻っていた。
「静かね」
「はい。静かです」
 重いレジ袋を持つ中野が応えた。今は日付が変わり、もう木曜日の筈だ。今日はどんな日になるのだろうか。最大の問題は、明日の金曜日に、首尾よく身代金を受け取れるかどうかだ。二億という現金はどのくらいの量で、どのくらいの重さだろうか。このレジ袋より重いだろうか。中野は亜矢子にそれをききたいと思いながら、訊くことはできなかった。
 


作品名:狂言誘拐 作家名:マナーモード