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ぼくのからだをおたべよ

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「ぼくはね、きっとそのうちに腐って骨になって、そして動けなくなるんだ。そしたらきみとも一緒にいられないだろう?その前にね、きみに食べられたほうがいいんだ。乱暴なハゲタカたちに食べられるよりは、きみに食べられたほうがずっといいと思ってるんだ」
そう言ってシマウマは柔らかい頬をハイエナの顔にこすりつけます。
ハイエナの食欲をそそる腐った肉の香りがして、彼はぐっと奥歯を噛み締めて空腹に耐えました、



ある朝、木陰で夜を越した二人はそろってあくびをしました。
昨日も何も食べられなかったハイエナのお腹がぐうと大きな音をたてます。
「ぼくを食べたら」
「食べないったら」
言葉をさえぎるように吠えて、ハイエナは立ち上がります。
「行こう。水を飲みたいんだ。泉を探そう」
昨夜自分とシマウマの毛皮についた夜露を舐めたので、そんなにのどは渇いてるはずはないのです。
空腹をごまかすために水が飲みたいのです。
シマウマは座り込んだまま自分の体を見下ろしました。
ほとんどの肉が腐り落ち、白い骨があちこりから顔を出しています。
「ねぇはやく…」
振り向いたハイエナが見たのは、足を立てようとしてもがくシマウマの姿でした。
うまくいかずになんども足をばたつかせるシマウマを、生まれたてのようだとハイエナは真っ白な頭で思いました。
しばらく頑張っていたシマウマでしたが、あるとき静かに座りなおして小さく溜息をつきました。
「立てなくなっちゃった」
真っ黒な瞳でハイエナを見て、そう呟きました。
次に何を言うのかは分かっていました。今度はハイエナががくがくと足を震えさせる番です。
「食べれない」
やっとのことでそうのどからしぼり出しました。
シマウマはゆっくりと首をふって、それではいけないと言います。
「ハゲタカからきみを守ってみせるから」
「ずっとぼくのそばについているつもり?きみのご飯はどうするの?」
返す言葉が見付かりません。
ハイエナは黙ってしまいました。
「きみがぼくを食べるってこうことは、ぼくがきみの一部になるってことなんだよ。ずっと一緒にいられるっていうことなんだ」
しばらく無言の時間が続きました。
うつむいたハイエナの目から涙がこぼれ、硬い毛皮に雫をつけます。
「きみを食べれば一緒にいられるんだね」
「そうだよ。ぼくはきみと一緒にいたい」
さあ早く、とシマウマはごろりと横になり初めて出会った日と同じ姿勢をとりました。
アバラ骨だけになった空洞の腹がハイエナを待っています。
ハイエナはゆっくりと近付き、首筋に残った肉に鼻をこすりつけ、ためらいがちに食事を始めました。
鋭い歯がシマウマに突き刺さり、肉を剥がします。
もちろん痛みはありません。舌の暖かさも分かりません。
ただ肉を噛む力強い振動がシマウマの体を揺らしています。
(命の活動だなぁ)
もう死んでいる自分がハイエナの命の糧になれることが嬉しくてたまりません。
そして自分のために泣いてくれるハイエナのことが、愛おしいと思いました。
「ねぇハイエナ」
名前を呼ぶと、ハイエナはシマウマの赤黒い血で汚れた顔を上げました。
シマウマはうっとりと目を細め、骨が見えている長い首を伸ばして血だらけの口にキスをしました。
そのとき、まだ自分にも涙の出る器官が残っていることを知ったのです。




「立てるんじゃないか」
ふてくされてハイエナが言うと、シマウマは全身の骨をカタカタ言わせて笑います。
「ごめんねぇ。でも肉が無くなりそうだったのは本当じゃないか」
「でも…」
「どうしてもきみに食べてもらいたかったんだ」
背けたハイエナの顔を骨だけになったシマウマが覗き込みます。
もうシマウマかインパラかも分からない頭蓋骨なのに、申し訳なさそうな顔が目に見えるようで、ハイエナは吹き出しました。
「いいねぇ。その体なら、ハゲタカもよってこないねぇ」
けらけらと笑ってハイエナは言います。
急に機嫌が変わったハイエナに、シマウマも骨だけで笑いました。
ハイエナの湿った鼻と、シマウマの乾いた鼻骨が触れ合います。
「ずっと一緒だね」
「ずっと一緒だよ」


それからしばらくして、その地域に骨を連れて歩くハイエナの伝説が産まれました。
その伝説はハイエナの命が終わり骨がどこかへいなくなっても、ずっと残っていました。
太陽がなんど昇って、そして沈んでも、ずっとずっと、消えることはなかったのです。




おしまい
作品名:ぼくのからだをおたべよ 作家名:ぼたん