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ぼくのからだをおたべよ

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サバンナのまんなかを一匹のハイエナが歩いていました。
ハイエナという動物は普通は群れで行動します。
ですがこのハイエナはひとりぼっちでした。
彼は少しだけわがままで、いつもほかのハイエナにちょっかいをかけてはケンカになっていました。
昨日もいつものように子供からおもちゃのインパラの骨を奪って遊んでいましたが、その子が群れのリーダーの愛娘だったから大変です。
ついに怒ったリーダーに群れを追い出されてしまったのです。

(これからどうしよう)
とぼとぼと歩きながら心配するのは、ご飯の取り方でした。
ハイエナはサバンナの掃除屋。ライオンやチーターの食べ残した動物の死体を食べます。
ときにはライオンたちを追い立てて餌を奪うこともありますが、それは群れだからできたこと。
ひとりぼっちのハイエナでは満足に狩りができません。
(もっと仲間を大切にすればよかった)
溜息を吐きながら空を見上げると、たくさんの黒い鳥が旋回しているのが見えました。
「誰かがなにかをしとめたんだ!ご飯にありつけるぞ!」
黒い鳥はハゲタカです。ハゲタカもハイエナと同じく、ほかの肉食獣の食べ残しや死体を食べて生きています。
そのハゲタカが狙っているもの、ご飯が彼らの飛んでいる真下にあるはずです。
ハイエナは足取り軽くハゲタカを目指して歩き出しました。

(いたぞ…)
ハゲタカが狙っていたのは、一頭のシマウマでした。
ですが想像と違い、ライオンもチーターもいません。
たった一頭でよろよろと歩いていました。
ずいぶん弱っている様子で、気のせいかすでに腐りかけのいい臭いがしています。
いつもなら生きている動物には手を出さないはずのハゲタカも待ちきれずに、くちばしで突いてつまみ食いをしています。
ハイエナはお腹に力を入れてぐうと鳴るのを我慢しながら、舌なめずりをしました。
(あれだけ弱っていれば、おれ一匹でも刈れるぞ)
思い切って草むらから飛び出してぎゃおんと吠えると、ハゲタカたちは驚いて飛び去り、シマウマはしりもちをつきました。
すかさずハイエナはシマウマの首筋に噛み付きます。
(あれ?)
硬いはずの筋肉にあっけなくキバが突き刺さり、ハイエナは拍子抜けしました。
思わずシマウマの顔を見ると、ぱちくりしている大きな黒い瞳と視線がぶつかります。
「お腹が空いているんだね」
平気そうな声を出されて、驚いたハイエナは思わず口を離しました。
「おまえ…おまえ、痛くないの」
シマウマは少し笑って右の前脚を上げました。
その脚は大部分の肉が剥がれ落ち、骨が見えています。
「ぼくは死んでいるんだよ」
ハイエナは理解出来ずにまばたきを繰り返すばかりです。
「痛くないから食べられても平気なんだ」
そう言うとシマウマは座り込みました。
「ハイエナなら腐った肉も食べれるだろう?食べてもいいよ」
「え?」
「どうぞ」
シマウマはごろりと横になり、丸い腹を見せました。
予想外の事態にハイエナは驚きましたが、空腹には勝てません。
恐る恐る近付いて、シマウマに噛り付きました。
ほどよく腐敗した肉の、なんと美味しいことでしょう!
死んでいるのに生きているシマウマの奇妙さも忘れて、がつがつと食べ始めました。
シマウマは首を地面に横たえて、静かに目をつむっていました。
「美味しい!美味しいよ!」
そのハイエナの嬉しそうな声を聞くと、唇が笑顔のかたちになりました。


お腹がいっぱいになったハイエナは、重たくなった尻を地面につきました。
「もうお腹がいっぱい?」
シマウマは何気ない動作で頭を上げました。
そのお腹はハイエナに食べられてあばら骨が見えています。
「うん。…なんでおれに食べられたの」
「それくらいしかぼくが生きている…ううん、死なないでいる意味がないからね」
ハイエナにはシマウマの言葉の意味が分からず、首をかしげながら口の周りについた血をぺろりと舐めました。
「ハゲタカだって腐った肉を食べるのに」
「ハゲタカは嫌い。乱暴なんだもの」
ますますシマウマのことが分からなくなって、ハイエナはまじまじと見詰めました。
その姿を見ながら、今度はシマウマが問いかけます。
「これからどこに行くの」
「決めてない」
「ぼくも一緒に行ってもいい?」
意外な申し出に、ハイエナはきょとんとした顔をしました。
「だめかなぁ」
シマウマが不安そうに長い首でハイエナの顔を覗き込みます。
だめじゃない!と叫んでお腹が重いのも忘れ、ハイエナは立ち上がりました。
「一緒に行こう!」
友達ができたことが嬉しくて、ハイエナはシマウマの前でぴょんぴょん跳びはねました。
シマウマは安心して目を細めて笑います。


「なんで死んでるのに動いてるの」
シマウマの周りを飛び回るハゲタカたちを追い払いながら、ハイエナは聞きました。
「たぶんねぇ、毛のない猿のせいだと思う」
「毛のない猿?」
ハイエナはつるりとした肌のマンドリルを想像して、うへぇと舌を出しました。
「毛のない猿に捕まっちゃってねぇ。狭いところに閉じ込められたんだ。そこで変な食べ物とか水とか食べさせられたから、それのせいじゃないかなぁ」
「水でそんなふうになるかなぁ」
「なっちゃったんだからしょうがない」
ふわあとあくびをしながらシマウマは答えました。
大きく口を開けたことで頬の筋肉ががくんと音を立てます。
「抜け出せたのはいいけど、仲間とははぐれちゃったし、ほかの群れも気持ち悪がって入れてくれないし、長い間一人だったんだ。草を食べても味はしないし、楽しみもなくてさ」
「長い間って?」
「それは長い間さ。太陽が昇ってまた沈んで、それを何度も繰り返したんだ」
ハイエナは群れから追い出されたときのことを思いました。
とても悲しくて心細くて、一人で歩いているときは寂しくて怖くって。
そんな気持ちをシマウマは抱え続けてきたのです。
「今はおれと二人だね」
「え?うんそうだねぇ。一人じゃないねぇ」
えへへとハイエナは笑い、またハゲタカがシマウマを狙っているのを見つけて険しい顔で吠えました。
シマウマはその声に隠れてふたり、ふたりと小さく呟いてみたのです。


二人が出会って何日が経ったのでしょう。
相変わらずハイエナは狩りが下手くそで、いつもお腹を空かせていました。
たまにもぐらやねずみを捕まえてなんとかしのいでいましたが、うさぎにすら逃げられる始末です。
「ぼくを食べてもいいのに」
ハイエナのお腹がぐうと鳴るたびに、シマウマはそう言います。
今日も消化できないのにも関わらず、たわむれに草を食んでは吐き出しながら飽きもせず同じ言葉を投げかけました。
「食べないよ」
そしてハイエナは決まってそう答えます。
ハイエナは、今度こそ友達を大事にしようと決めたのです。
群れのみんなも、どんなにお腹が空いても仲間を食べようとはしませんでした。
ハイエナも食べようと思ったこともありません。
だからこのシマウマのことも食べないと決めたのです。
作品名:ぼくのからだをおたべよ 作家名:ぼたん