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虫めずる姫君異聞・其の二

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 帝が駆け寄ってきた。大きな手のひらが肩に乗る。
―いや、私に触らないで。
 こんな男に触れられたくないのに。
 公子は次第に強くなる下腹部の痛みに耐えながら、肩に置かれた帝の手を振り払おうとする。しかし、突然、意識がプツリと途切れた。
 吸い込まれてゆく。暗い、暗い底なしの闇へと公子の意識は吸い込まれてゆく。
 公子は痛みと混乱の中で、ついに意識を手放した。

 参の巻

 その日から、公子の身柄はそのまま内裏に留め置かれた。公子に与えられた部屋は後宮の一角、凝花舎にあった。ここは淑景舎の〝桐壺〟に対し、〝梅壺〟と呼ばれる。いずれもその御殿の前の庭に桐の樹や梅の樹が植えられていることから来ている。
 公子は毎日、泣き暮らす日々が続いていた。公子はこの後宮で客人扱いということになってはいたけれど、それは表向きだけのことで、現実には軟禁状態に近い。部屋から出ることも許されず、ずっと見張り役の女房が付けられている。
 突然、遅すぎる初潮を迎えてしまったあの日。あのときの出来事はいまだに公子を居たたまれない想いにさせる。あの男―大嫌いな男の前でよりにもよって月のものを迎え、みっともなく意識を失ってしまった。あまつさえ、その男に抱き上げられて、この部屋まで運ばれてきたのだという。
 もう、死んでしまいたいと思うほどの恥ずかしさだ。
 公子は誰に対しても心を閉ざした。最初はむろん、我が身に何が起こったのかも判らず、何かの病に罹ったのかと恐怖と不安に震えていた。意識を取り戻してほどなく、伏せっていた公子の枕辺に皇太后安子が現れ、すべての事情を話し聞かせてくれた。
 その時、公子は初めて自分が遅い春を迎えたことを知ったのである。それは烈しい衝撃を公子に与えた。自分はもう一生涯、女ではない不具者として世をはばかりながら、世間からも忘れ去られて、ひっそりと生きてゆくつもりであったのに。
 正直、今になって一人前の女人になったのだと言われても、実感は湧かなかったし、ましてや歓びもなかった。ただ、ひたすら疎ましい、血にまみれた自分の身体が穢らわしいものに思えてならない。
 安子は優しく言い聞かせたのだが、公子は大好きな叔母の言葉にさえ耳を傾けようとはしなかった。
―どうして、こんなときに。
 自分の屋敷にいるときならともかく、内裏にいるときに、どうしてこんなことにならなければならないのか。
 それに、どうして自分はあの日からずっと、ここに留め置かれているのだろう。日が経つにつれ、不安は増すばかりで、三度の食事すら喉を通らない日が続いた。
 そんなある日の朝、あの男が来た。
 安子の見舞いと称して参内した日から既に数日が経過している。下腹部から溢れるように湧いていた血もピタリと止み、心は幾分かは楽になった。それでも、公子は相変わらず部屋に閉じ込められた状態だ。
 その朝も女房が持ってきた朝餉には全く手を付けなかった。汁粥と焼き魚、蘇(牛の乳を煮詰めて濃くしたもの、チーズのようなもの)だけの簡素な食事なのに、ひと箸も食べる気にならない。普段は好きな蘇ですら、いかな食欲が湧かなかった。
 手つかずのままの膳が空しく枕辺に置かれていた。その傍で、公子は布団に打ち伏して声を殺して泣いていた。
 帰りたい。家に帰りたい。父はどうして自分を迎えに来てはくれないのか。身の回りの世話をしてくれる若い女房―むろん公子が逃げ出さないように監視役もかねている―に筆と硯を貸して欲しいと頼んでも、首を振るだけだし、父道遠に迎えにくるように伝えて欲しいと言っても、これにも難しい顔で首を振るばかりだ。
「姫」
 泣いていた公子の頭上から、突如としてあの男の声が降ってきた。
 公子はピクリと身を震わた。
「食事もしないで、いつまで泣いてばかりいるつもりだ?」
 公子は掛け衾(ふすま)を頭からすっぽりと被った。あんな男の顔なんて見たくない。
「姫、良い加減にしなさい。俺の言うことが聞こえないのか」
 それでも無視を決め込んでいると、ふいに身体が布団ごとフワリと浮いた。
「―?」
 公子は一瞬、何が起こったのか判らない。
 きょとんとしたままでいると、いきなり被っていた掛け衾が強い力で引きはがされた。
 眼の前にあの男がいる。
 冷たい眼に見下ろされて、また身体が震えだした。
「あ―」
 公子の顔に強い怯えの表情が浮かぶ。
 次いで、自分が帝の腕に抱かれていることに気付く。公子は布団(掛け衾)ごと抱き上げられ、いつしか帝の膝に載せられていたのだ。
 公子は絶望的な気分になり、慌てて膝から降りようと身を捩った。だが、帝は公子の腰に回した手にいっそう力を込めてくる。
 それでも、公子は腰に回された指を一本一本剥がそうと懸命になった。
 涙が溢れてくる。
 大嫌いな男の前で泣きたくなんかないと思っても、この状況では気丈な公子も泣けてくるのは致し方なかった。
「まるで子どもだな」
 帝は笑いを含んだ声で揶揄するように言いながら、ますます強い力で抱きしめてくる。
 そのあまりの力の強さに、公子は思わず顔をしかめる。
「痛い―」
 身体に回された手は一向に緩まない。痛いほどに強く抱きしめられ、公子は小さな呻き声を上げた。
「やわらかい身体だな、とても抱き心地が良い」
 耳朶を熱い吐息がくすぐった。
 嫌悪感に身体中の膚が粟立つ。
 帝の手の力がふと緩んだかと思うと、大きな手のひらがそろりと動いた。胸のふくらみを包み込まれ、公子は悲鳴を上げた。
「何をするの、止めて下さい」
 が、執拗な手は止まるどころか、薄い夜着の上から乳房に触ってくる。揉まれている中に、着物の上からでも先端が固く尖るのが判った。
「ふうん、ねんねだと思っていても、やはり身体は大人だし正直だな」
「いや、止めてっ」
 たまらなくなった公子は、両手で思いきり帝の胸を突き飛ばした。だが、華奢な公子の力ではビクともしない。帝はいっかな懲りる様子もなく、その手は腰や尻をなで回している。
「私に触らないで下さい」
 公子は毅然とした態度で言ったつもりだが、帝にはその今にも泣き出しそうな声は哀願のようにしか聞こえない。
 公子の眼には涙が溜まっていた。この少女が懸命に泣くまいと耐えているのがひとめで判る。ふと憐憫の情が湧き、帝はしばし公子を見つめていたかと思うと、肩をすくめ、その手を放す。
 漸く解放された公子は急いで帝の膝から滑り降り、帝から距離を取って離れた。
「また食べなかったのか?」
 帝の問いには応えず、公子はその場に手を付いた。
「お願いでございます。父の許にお返し下さいませ。屋敷に帰らせて下さい」
 声が、震える。
「どうして、毎日、泣いてばかりいる? ここは、そなたにとって、そんなに厭なところか? そなたの住まうこの梅壺の庭の眺めは後宮の中でも格別だぞ。春には紅白の梅、秋には萩と山吹がそれは見事に咲く。毎日泣き暮らしてばかりいないで、もう少し愉しいことでも考えてみたらどうなのだ?」
 帝は公子の願いに耳を貸そうとはしない。
 公子の眼からとうとう涙が溢れ出した。
「帰して、お願いだから家に帰して。帰りたいの。ここにはいたくないの。後生だから、私を家に帰して下さい」