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遊学日記

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1 旅立ち



「ガタン、ドスン! ガタン、ドスン!!」
もうかれこれ三時間以上、三十秒に一度の割合で私の体は宙を浮いている。
「とんでもない国へ来てしまった・・・」
見渡す限り田園風景。その中に今まで目にした事のない、赤の背景に白でドクロの絵が描かれた小さな看板が所々に見られる。「地雷に注意」のマークらしい。その中に一本続く赤土のでこぼこの道路。同じ海外といっても昨日までいた場所とは全くの別世界だった。
 
ちょうど一週間前、成田空港からタイのドムアン空港へと到着した。
「どうせ旅をするなら期間は決めず世界横断! 世界中の行きたい場所全部行くんだ。」
 出発前の意気込みは飛行機に乗った途端、不安へと変わった。

「無期限で旅をしたい」
そんな私の決断に両親はなんの反対もしなかった。
「若いんだからなんだって出来るんだよ。自分の人生なんだから好きなように楽しみなさい」と母の言葉。
「大切に使いなさい。」と父が渡してくれた二万円がお守り袋の中に入っている。数時間前、駅で別れた妹の今にも泣き出しそうな顔。
 辞めてしまった仕事、会えなくなる友達。今まで生きてきた二十六年間を全て捨ててきてしまった。
「一体何のために海外に行くんだろう。日本での生活も十分に楽しかったじゃん。」
旅をするという決断をした家族への罪悪感と、自由と引き換えに背負うものは何もない空っぽの自分。そんな淋しさから機内での数時間は、自分自身でも想像していなかったほどの号泣状態だった。

 ドムアン空港には深夜一時に到着した。旅の所持金をなるべく節約したく、格安航空券の中でも一番安いものを選んだ為、真夜中に到着する羽目になってしまった。けれど空港から街中まではタクシーを使っても三十分はかかるらしく、それ以前に真夜中に知らない国の空港の外へ出るのは、どんな事件に巻き込まれても構わない死への覚悟たるものが必要なわけで、そんなものはあるはずもなく、空港のベンチで無理やり横になり、夜が明けると共に朝一番のバスで、旅人の集まる場所と言われているカオサンロードへ向かった。
 カオサンロードは旅人だらけだった。自分と同じようにバックパックを背負い、初めて訪れた国への不安気な表情と、目に映る全ての物への好奇心から輝く瞳。歩行者天国のような道路には、食べ物を売る屋台やお店、バーにマッサージ店に衣料品店、日本語の本に旅行会社、インターネットショップにゲストハウス。ここに来れば何でも手に入る。パッと見て目立つのは体の大きい欧米人だが、よく見れば日本人も結構歩いていて日本人同士はしゃぎ合う声も聞こえる。そんな光景を見ていると、昨晩たった一人自分だけが孤独な旅人として日本を発った気でいた事に対し安堵の気持ちと、そんな自分を可笑しくさえも思えてきた。
 
「やっと、この場所へ戻ってきた。」
 レストランへ入り、行き交う人とそこにある景色を眺めながら、去年の自分をオーバーラップさせた。
作品名:遊学日記 作家名:ともえ