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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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太歳頭上動土(たいさいずじょうどうど)

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母が死んだのは、もう十三年も前のことだ。母の誕生日、果ては名前も顏も忘れて久しいのに、命日だけははつきりと覺(おぼ)えてゐる。
 其(そ)れは何故なのか。
 屹(きつ)度(と)あれの所爲(せい)だ。
 故人は死んでも四十九日の間はまだ現世に留まると云ふのを知り乍(なが)らも、どうしてか無性に女が抱き度くなつて──買つたのだ、女を。
 母の寢室でだ。
 其れがどうしやうもなく後ろめたくて、けれどどうしやうもなく亢(こう)奮(ふん)したので、私は今でも母が亡くなつてからの四十九日間の出來事はしつかりはつきりと覺えて、頭からこびり附いて離れずにゐるのだ。

 はじめにこの国に西洋の文化が入って幾年月。男がちょんまげをしていた時代に生まれていない私でも今がどれだけ便利な時代になったのかなど想像に難くない。
 しかしここに置いてあるのはどれも便利さなどとは甚(はなは)だかけ離れた次元にあるものばかりだ。私の慧眼をもってしてもそれらはどれも瓦落多(がらくた)にしか見えないし、きっとおよそ瓦落多なのだろう。
「ほう、言うでないかい優(ゆう)司(し)郎(ろう)。つい最近まで学生服に鼻を垂らしていた坊やだったくせして」
「いつの話だ、それは。それに俺は鼻など垂らしてはいなかったぞ」
「杉の花粉にやられてくしゃみばかりしていたのはどこの誰だい。あまりにきついってんで薬を調合してやったというのに」
 私はそれに何も言い返せなかった。
 この女、神林ようことはもう随分長いつき合いになるのではないだろうか。彼女と出逢った頃の私はまだ帝國高等學校に入って間もない、人生の右も左もわからない純粋無垢な少年だった頃の話だ。この女と出逢ってしまったことで、極楽から垂れ下がった蜘蛛の糸を切られ地獄へと突き落とされたカンダタもかくやのそれは酷い人生を送るはめになめになったのだ。
「それでも食っていけているのはわたしのおかげだろうに。感謝されこそすれ恨まれる覚えはないはずさね」
 いったいどの口が言うのだ。どの口が。
 そう思ってあいつの口元を見てみると長い煙管(きせる)を銜えていた。厚ぼったい唇に桜色の紅(べに)、そしてその下には黒子(ほくろ)が一つ付いている。不覚にも五秒と凝視してしまうとその色香に惑わされてしまう。
 実際この女が飯の種となっているのは悔しいかなおおよその事実だった。私は出版社に勤めている。ただし零細出版社の娯楽雑誌の記者だ。そのため日々記事になりそうな奇想天外なネタを探すのだが、この骨董店、雨(う)月(げつ)堂(どう)へ赴けば有閑婦人が巷で起きている殺人事件の真相から愉快犯の心理素行、果ては海を越えた異国の宗教儀式や言い伝え、細かな噂話まで逐一把握し私に聞かせるのだ。こちらはネタが欲しい、あちらは暇を潰したい。持ちつ持たれつ、ギブ・アンド・テイクと謂うやつだ。
「〝美人女店主と冴えないカストリ誌記者の秘密の逢い引き〟ってのはどうだい?」
「何の話だ」
「あんたの次に書く小説さ」
 ようこは上目遣いでこちらを見上げてくる。
「くっ、俺はもう官能小説など書かん!」
「あら、そうなのかい?」
「そうだ、あの時はたまたま作家の空きが出来たから編集長に書かされただけで俺はあんな話、断じて二度と書く気はない!」
「勿体ないねえ、そこそこ面白かったのに」
「俺は純文学作家になりたいのであってあんな俗流なもの、ただのお遊びだ!」
「ふぅん。で、あの女学校教師とはわたしのことだろう?」

 刹那、目の前の棚にあつた大陸の皿がぐらりと傾き足元で碎(くだ)け散つた。

「あ~あ、何してくれるんだい優司郎。こいつは買い取りだからね」
「お前が変なことを言うからだ!」
「まったく。安心しなそいつは安物さね、あんたの安月給でも充分お釣りのくる代物だい」
「勤め人に向かって安月給とは何だ安月給とは」
 私は渋々ようこに金を払った。先刻は肝を冷やした。だからあいつはあの時大笑いをしながら読んでいたのだ。正直言うと、私は官能小説を書くのが嫌いではない。むしろ好きだ。大好物だ。女が頬を染め、股を濡らし、男の下で喘ぐ姿を想像するだけで心が躍る。逆に女に虐げられるのも大好きだ。
が……私の小説で脱ぐ女は、なぜかみんなようこになってしまうのだ。
ようこはいつも朝(ちょう)令(れい)暮(ぼ)改(かい)の如く一貫性のない様々な服を着ている。今日は楚々とした長着を身に纏っていれば、この前は足の出た大陸のドレスで盛装していた。私は以前彼女が着ていた短いスカートに肩口から袖のないワイシャツ姿を見て、横浜で見た女學校のお雇い外国人と重ねてしまったのだろう。だからおかしいことなど何ひとつ存在しない。無意識にそれらを繋げてしまっただけで、断じて私はようこと御洒落関係を望んでいる訳では決してない。
「ん?」
 ふと、落としてしまった皿の飾られていた棚の奥に、光る何かを見つけた。
 手にしてみると、それはほんの小指の先ほどしかない赤い色をした石(いし)塊(ころ)だった。不思議と私はこの石に惹き付けられた。浜辺に落ちている瑪(め)瑙(のう)片(へん)に見えて、宝石(ルビー)のようにも見えなくもない。
「おい雨月堂」
「あん? 何だいお前さん」
 これはいったい何なんだ──と言いかけて私は口を噤んだ。こんなものが商品であるはずがない。もしこいつに変な好奇心を持たせてしまったら、虫をいたぶり殺す猫宜しく何をされるか知れたことではない。
「いや……、何でもない。というか〝お前さん〟とか言うな気色悪い」
 私はそっと石をズボンのポケットへしまった。

 仕事を切り上げ、木造築五十年の平屋安普請、愛しき我が家へ帰宅した。
 夕餉は外で済ませてきた。誰かこの旧くて暗くて陰気な家に嫁へ来てくれればいいのだが、如何(いかん)せんそのような好事課家、私の周りには一人だっていやしなかった。
 私は酒の入った虚ろな頭で、今日雨月堂で拾った石のことを思い出した。見れば見るほどこんな小粒な石に心を躍らせている自分がいるのだ。
「そうだ、思い出した」
 これは紅(こう)亜(あ)鉛(えん)鉱(こう)という亜鉛族元素の仲間だ。
これと同じものを子供の頃よく鉱石ラヂヲで使っていた。これは余りにも純度が高過ぎるので結晶の形や透度が宝石と遜色ないくらいなのだ。
しかしこんな綺麗な石、ラヂヲを作っては友人らへ売っていた私でさえ見るのも触るのもはじめてだった。
だからこそなのか、私はこの赤い石で鉱石ラヂヲを作ってみたくなっていた。
材料はすべて押入れに仕舞ってあった。几帳面だった母が私の幼少期のものはすべて大切に保管しておいてくれていた。コイルもアンテナ端子もコンデンサーも、みんなあの頃のままだ。クリスタル・イヤホンも部品を納める容物さえ残っている。昔はこれらをよく瓦落多を分解して探したものだ。
ダイオードの中身をゲルマニウムから拾った赤い石と取り替えるのには少々難儀したが、それでもやはり手が覚えているものだ。すべて組み立てるのに一時間とかからなかった。
今夜の月は酒のいい肴(さかな)になった。
焼酎を呑みながらつまみをまさぐり電波を探す。昔から縁側が一番電波の入りやすい場所だった。