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水の匂いをふくんだ風

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公園の新緑が目にやさしい。清冽な空気の中を二人は冗談を言いあい、お互いの現在と、昔話をしながら歩いた。幼なじみとはいえ、同年代の女性に会うことを許してくれた妻のことは、常に私の頭にあった。だから、冗談を言い合うのは、異性として意識しない方法を選んでいたのかも知れない。

池の側にある売店にさしかかり、私はふざけて「おかあさん、おなかすいたあ」と言ってみた。彼女は私を見上げ、一瞬私の表情を読み「そんな大きい子産んだ覚えはないわ」と言って軽く笑った。そんな彼女が新鮮に感じた。妻にはない、このノリの良さは昔からあっただろうか。偶然出会っても、ちょっとした会話だけでそれぞれの目的に向かってた高校生の頃。そして、二人にとって長い空白の年月。

売店には行列が出来ていた。彼女がバッグを触って「何か持ってる筈だよ」と言ったので、池の側のベンチに坐った。ボートに乗った人達のはしゃいだ声が聞こえる。桜の樹はもうすっかり葉が茂り、陽を浴びて輝いている。

バッグから取りだしたものを見て「ふふふ」と彼女が笑った。そして悪戯っぽい表情で「はい!」と言いながらそれを私に手渡す。「まんじゅうだったのにせんべいになってる」と言ってまた笑った。

かろうじて包装紙からはみ出てなかったし、せんべいにはまだなっていなかった。つぶれたそれは、敬語をとりはらった親近感のある言葉を連想させた。
「うん、特別においしく感じる」
と、私は笑いながら言った。それは本来の柔らかさを失っていたが、味は変わらない。

「そうでしょ、特製よ」と言いながら、少し不器用な手つきで包装紙を剥く彼女の横顔を、池から反射した光が照らした。順風満帆とはいえない暮らしの中でも彼女は、このお菓子のようにつぶされても変わらない、明るさと強さを持ち続けているようだ。

作品名:水の匂いをふくんだ風 作家名:伊達梁川