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嫁入りの決まった日の夜に、私は妹を連れ出した。
路地を渡り、横丁を過ぎ、裏道を通って、少しでも遠くへ行こうと先を急いだ。
道の途中で一匹の黄色い犬が尾を垂れて向うからのろのろと歩いてきた。
病気に罹っているらしく、足元が小刻みに震え、目がぎらぎらと血走っている。
その犬がすれ違いざま、不意にこちらを向いてにいと笑うような顔をした。
私はその犬を前に一度見たことがあるように思ってぎくりとした。
犬の顔は犬が見えなくなった後も、長いこと目の内に残って消えなかった。

犬とすれ違ってからしばらく行くと、やがて夜が明け出した。
私と妹の影が、真っ直ぐな通りの上に長く伸びて並んでいる。
もう知らない町へ入っていた。
通りの両脇には八百屋や服屋や本屋など、一通りの店が並んでいたけれども、通りにも店の中にも、人の姿は一つもなかった。
店の並びが終わって民家の連なりが始まっても、やっぱり誰の姿もない。
とうとう一人の人間にも出会わずに、私たちはその町を抜けた。

それから幾つもの町を越え、幾本もの道を渡って、休むことなく私たちは歩いたけれど、どの町も同じであった。
店が並び、民家が連なって、栄えている様子はあるのに、どこへ行っても一人の人にも出会わない。
そのうちに山のふもとの寂れた村へ出た。
村とは言っても粗末な掘ったて小屋が狭い路地の両脇に十軒ほどぽつぽつと並んでいるばかりの廃村である。
やっぱり人はどこにもおらず、傾きかけた家の屋根に、黒い小さな鳥が何羽ともなくとまって、甲高い声でケッケ、ケッケと鳴いている。
その村の向うに、なんと言う名かは知らないけれども、恐ろしく大きな山が空の半分ほども覆い隠して、村の側へとかぶさるように立っている。
そうしてその山の頂のあたりに灯火のような光の点が二つ、ちらちらと揺れながら峠を越そうとしているのが、目に刺さるようにはっきりと見えた。
私はその山を目指して歩いた。

大きく見えているからよほど近くにあるのかと思ったらそうでもなく、歩き出してみるとなかなか麓に近づかない。
道の途中、山の側から白い稲妻が幾筋もぴかぴかと走ってきた。
光ばかりで音がない。
稲妻は生き物のようにあちらからこちら、こちらからそちらへと移り廻って収まる事がない。
私と妹とは無数の稲妻の下をくぐっていった。

山の入り口までたどり着くと、山はもう空のほとんどを覆って、黒く曇った空が、山の頂の周りにかろうじて見えるばかりであった。
山へ入り、獣道さえない急な斜面を分け入って、上へ上へと登って行くと、中腹を越えたろうかというあたりで、崩れかけたささやかな山小屋が斜面にへばりついていた。
残っているのは屋根だけで、中は土砂に埋まっている。
そこで最初の休憩をとった。
小屋の前に妹と二人で腰を下ろすと、頭のはるか上で樹の葉がさあさあと音を立てた。
私と妹はその音の下でうつむいたまま、長いことじっとして動かなかった。

そのうちに雨が降り出した。
斜面のほうぼうに小さな川ができ、茶色い水がざらざらと流れた。
私は妹の身体を抱えて、できるだけ小屋の内側に入ろうと身を寄せるのだけれど、中を埋める土砂が邪魔をして、ほとんど雨をしのげない。
たちまちずぶ濡れになって、仕方なく打たれたままになっていると、妹の身体が小刻みに震え出した。
額に手をやると熱がひどい。
私は力の抜けて動かない体を無理に動かして立ち上がると、妹を抱き上げて小屋を出た。
そうして少しでも雨をしのげそうな場所を探しながら、また山を登り始めた。
作品名: 作家名:水無瀬