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Twinkle Tremble Tinseltown 7

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 クッションへ染み込ませるようにしながらミアは呟いた。
「普通の会社員じゃないと思うの。知的で、でもちょっと荒削りな感じの人」
「ユルゲンって、どっかで聞いたことあるんだけど」
 頬杖の上で、フロリーが首を傾げる。
「珍しいってこともないし、かと言ってありふれた名前でもなし」
「ランチに来てたんじゃないの」
「かもね。でも柄の悪い奴じゃないんでしょ?」
「違う」
 背もたれに深々と身を預け、ミアは背後から女たちをまとめて睨みつけた。
「そんなのじゃない。きっとまじめな人よ」
「人は見かけで決めちゃいけないって、パピーに言われなかったの?」
 ふふんと鼻を鳴らし、フロリーが背もたれへ身を投げる。
「ユルゲンっていかにも悪そうな名前じゃん。ナチスっぽい」
「そうね。しかも拷問とか好きそうなナチス」
 クリスタも同調する。マーク・シャファーのテーブルに広がるプレッツェルを手探りで掴み、口の中に放り込んだ。頑丈極まりない歯の立てる音は、耳を塞いでしまいたくなるほど喧しかった。
「それでナニが大きくてね。女がみんな死んじゃうの」
「何それ最悪!」
 音から逃れるため自然と傾けていた体を、きゃーと甲高い悲鳴が猛襲する。ミアはぴんと背筋を伸ばし、勝ち気につり上がった眉の根本に皺が寄るほど目を強く瞑った。居場所はないのに、無理矢理引き留められている。本当ならば、今日の深夜にこの屋敷を訪れる予定であるパピー・ナイジェルに、オムレツでも作ってあげるため卵とパセリを買いに行く予定だったのだ。彼女の本物の父親は、彼女が三つの時家を出ている。養父は悪い人ではないが素っ気なかった。そんなことは別に珍しくはないのだと彼女も分かっていたが、それでも頭を撫でる大きな手とーー実際パピーの掌はキャッチャーミットでもはめているかのように広々としていたーー娘が作ったものへ素直に舌鼓を打つ存在の魅力は抗い難いものがあった。
 喧しい女の存在ならば、家にいた時点で嫌というほど味わっているのだ。
 そういえばユルゲンと名乗る青年も、手が大きかった気がする。ほっそりとはしていたが上背はあったし、二の腕を掴む指は力強かった。彼も卵を好むだろうか。
「そういえば最近、すっごいペルシア・ブラウン(ヘロイン)が出回ってるらしくてね」
「薬はだめだめ」
 真っ二つになったプレッツェルを口から離し、クリスタは首を振った。
「止めときなよ。ろくなことにならない」
「あたしはやってない。ただやってる奴がね、増えてるって」
「物騒ねえ」
 疑わしげな視線を向けるのは、きっとフロリーが以前鎮痛剤中毒になったことを知っているからだろう。又聞きでしかないミアも、反射的に彼女の腕へ目を落とした。30を越えていると聞くのに恐ろしくなめらかな肌には、注射針の跡どころか染み一つ見あたらない。滑る視線を知りもせず、フロリーは膝の上に乗っていた雑誌をまた乱暴に叩いた。
「そのバラバラにされた女子高生って言うのも、何かやってたらしいじゃない」
「誰に聞いたの」
 色素の薄いクリスタの瞳がきらりと光る。浮かんだ好奇心を隠す気すらないらしい。ミアはおろか、会話を始めたフロリーすらも思わずたじろぐほどに。
「ソロから?」
「まあね」
 額にすら掛かっていない髪を掻き上げ、フロリーは頷いた。
「それに、だって、ディーラーと付き合ってたんでしょ?」
「ジャンキーか」
 ふんと鼻を鳴らし、クリスタは頷いた。菓子を食い締めていた奥歯の力がほんの少し緩められる。
「自業自得って奴ね」
 一瞬で肩にまで廻った脱力の理由を深追いはしないつもりだった。ただ視線は投げつけてしまったらしい。ミアの視線を受け取り、クリスタは忙しなく目を瞬かせた。
「だってクスリなんかやってたら最後はひどいことになるの、目に見えてるじゃない」
 言い訳がましい口調で呟く。
「あんたも絶対ダメよ」
「うん」
 ミアも大人しく頷いた。
「興味ない」
「わたし心配よ」
 クリスタの目の奥は自然と年上のものに移行し、厳しく眇められる。
「そんなよく分からない男にヴァージン捧げるなんて。病気持ちだったらどうするの」 
「そういえばペットフード会社の御曹司がエイズ陽性だって」
 いかにも気のない口振りでフロリーが話を遮る。膝の上に戻した安っぽいグラビア印刷のページを捲る。
「どこのよ」
 気乗りしないクリスタは、また手をテーブルの上に伸ばす。数が少なくなったプレッツェルはその残りの分すらもテーブルの端へ追いやられ、手探りでは届かないだろう。ミアは黙って身を乗り出し、摘んだ二つの菓子のうち一つを彼女の手に乗せた。もう一つは自らの口に入れる。今まで買ったことないメーカーの製品はバターが少ないのか、妙にぽそぽそする。
「ペイズリーだっけ」
「微妙に違う、ハグリー」
 指で文字を辿り、フロリーは言った。
「あんた寝たことあるとか言ってた」
「あたしじゃない。キャリーだと思う」
 恨みがましい顔つきで、口の中の物体を飲み込む。
「それにその記事、ガセらしいよ。ソロがやっかんで仕立て上げたって」
「ほんとあいつ最悪」
 たった一人で震撼しているミアなどお構い無しで、二人の女は顔を見合わせる。先に噴出したのは恐らくフロリーだが、結局後を追いかけるようにして馬鹿笑いが響くのだからどちらでも同じこと。二人の間へ埋もれるようにしてひんやりとした空気から身を守り、ミアは再びクッションを抱きしめる作業に入った。靴下の中で足の指が伸びては丸まり、縮まっては突っ張る。彼女の爪先や頭が恐怖や反感で冷えていくのと引き換えに、両端に腰掛けた女たちは熱を持ち、今にもソファから転げ落ちそうになっていた。反感を買ったというだけの理由で散々に名誉を貶められるという事実の何が楽しいのかさっぱり分からないが、少なくとも判断することはできる。これは駄目だ。胸の中で呟き、彼女は引き寄せるようにして抱えたものを豊満な胸に押し付けた。二人のことは慕っているし、だからこそ今回相談を持ちかけたのだが、まさか理由の全てが裏目に出てしまうとは。
 本当は、クリスタあたりに気軽な口調で言って欲しかったのだ。「あら、そいつなら三日前に来たわよ」。そうすればさっさと諦めもついたに違いない。だが好き勝手に煽り、気まぐれに慰める言葉は収まりの付かない胸に期待を注入するばかり。不首尾に終わった結果へ安堵する心を出来る限り無視し、ミアは独り、ぎゅうと眼を瞑った。バンジキュウス、オタスケコウ。まさかパピーには相談できるわけもない。彼ならきっと、男の住所の一つや二つ、簡単に調べてくれるだろうが。そう思い至った自らを罵りたくなる。むずむずと動く唇を抑える自信など全くない。端緒を掴むときは碌に動きもせず、動いたとしてもその場で足踏みするばかりなのに、過程を考えるとなれば途端に頭は回転し、卑小な言い訳を簡単に弾き出す。お礼がしたいの、助けてもらったから。
「――スリムの話では料理教室に通ってて、海草のフライ(ラバブレッド)が得意って」
「何それ。芋パンケーキ(ラトケ)みたいなものかしら」
「違うわよ、彼女はユダヤ人じゃない」