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Twinkle Tremble Tinseltown 7

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 動き出すと自ら宣言した癖に、ビフのどんぐり眼は相変わらず足下にぴったり吸いついたままでいる。苛立ちのようなものをはらんだ髭面の横顔は、普段破裂させる癇癪玉を確かに腹の底へ飲み込んでいるのだろう。不機嫌そうな表情が吐き出せない蟠りが何であるか、8年間組んでいるアウトですら分からない。聞く気もない。ただアウトはこんな時、相手が再び口を開くまで黙って待ちかまえていれば良いのだと知っているのみだった。先ほど嗅いだものが、まだ体の奥へこびりついているような気がする。年相応の野暮さで鼻を啜り、アウトは時が満ちるまでのあいだ鑑識の動きを追い続けていた。
 結局沈黙はすぐに破られ、床へ唾を飛ばす勢いでビフは吐き捨てた。
「ただのガイ者かホシの関係者か、それとも哀れなヤク中か」
「きれいではないだろうね」
 第二の口のように、項まで一巡しそうな傷口を見やり、アウトは述べた。
「これはプロの犯行だと思う」
「プロだと?! 馬鹿いえ!」
 ここぞとばかりに大仰な仕草で手を振り回す。
「ヤク中のチンピラどもに、プロもクソもあるもんか」
「記者の勘は当たってた」
 のっぺり言い返した言葉を睨む目つきだけで弾き返し、ビフはベッド横のチェストを引き開けた。
「おまえならどうする、アウト。この部屋のどこにブツを隠す」
「そうだね。靴の中、枕の中、クローゼットに掛けたコートのポケット。売人だったら天井裏だけれど、常用しているみたいだから手の届く場所に置こうか。ああ、彼女は身だしなみにも気を使うタイプだから」
 既に鏡台へ歩み寄っているビフの後ろ姿を見やり、頭を掻く。
「化粧ポーチ」
 カルティエの黒いボックスは使い込んだ跡など見られない。角一つ取れていないそれは無造作にひっくり返され、中身が堅い音を立てて鏡台の天板上をはねる。化粧品は全てグレードの高いもの。だがうっかり開いてしまったコンパクトを見て落胆。衝撃で割れたファンデーションはともかく、指紋と粉で汚れたミラー、使い初めてから一度も洗っていないようなパフ。金持ちで美人なのは間違いないが、こんな女とは付き合いたくないランキングのトップ5にランクイン。そうやって数多の女を弾いてきた結果、アウトは生まれて43年間、結婚とは無縁の生活を送ってきた。
「最近またアヘンが流行ってるのか」
「さあね。この前撃ち殺されたネオナチの代わりに中国人が台頭したってことかな」
「スタン・ガルプスならまだ生きてるぞ。おむつ巻いて車椅子に乗って、心神喪失を主張してパンタゲスかどこかにいるんじゃなかったか」
「でもあいつの一味は壊滅した訳で」
「麻薬課の連中に鼻薬でも嗅がせたか」
 口紅やら付睫やら、肉の詰まった丸い指で一つ一つつまみ上げていく。
「だからあいつ等は信用がならないんだ」
「仕方ないよ。ガイシャもホシも捜査官も、みんな80年代を引きずってるんだから。見つかった?」
「どこに隠してやがる」
 ポーチを指でこじ開け、ビフは唸った。
「アヘンとなると錠剤か、それとも液体」
 目に飛び込んできた四角いキューブを掴み、蓋を開く。どこのドラッグストアにでも売っていそうな目薬だった。手袋を捲りあげ、無色透明の中身を甲に数滴垂らす。舌で舐めたところで、改めてビフは眉をしかめた。
「手の込んだこった」
「煙草に垂らすなんて、また古典的な」
 掃除の行き届いていなかった灰皿を思い出し、アウトは首を振った。


「やっぱり応援を呼んだ方がいいね。グラスならともかく、ガルプスの跡を継いで大々的に扱う奴が現れたのかも。ここ2ヶ月でアヘンや違法なモルヒネのクラシック利用者が7件」
「まだ北上していないのが幸いか」 
 何か繊細でメルヘンチックな彫刻を施した香水の瓶を持ち上げるビフの目はどこか遠い。
「くそったれめ」
「80年代どころか、19世紀にタイムスリップした気分だ」
「先週スプリングフィールドの廃ビルでくたばってたガキも確かそうだったな」
「モルヒネでオーバードーズ」
「くそったれめ」
 再び同じ言葉を繰り返す。眉間に寄った皺が消えることはない。しかしそこに浮かんでいるのは瞬発力のある癇癪ではなく、深く根を張った蟠りだった。乳白色をした香水のボトルを握る手に力が込められる。ビフの分厚い掌に包まれると、まるで生花を茎からちぎり、揉み潰しているかのように見えた。ふと連想したイメージに、アウトは何の考えもなしに口を開いていた。
「ジェーンは大丈夫。リサがちゃんと監督してる」
「何でそこに娘の名前が出て来るんだ」
 不機嫌ではあるが責めてはいない口調で、ビフは呻いた。乱暴に鏡台へと戻されたボトルの中身が大きく揺れる。
「絶対するもんか」
「彼女、もう14だろう」
 あの中身も怪しいものだ。鑑識に調べさせてみるべきかもしれないと頭の中でチェックを入れ、アウトは入り口に向かって歩きだした。ポケットから携帯電話を引っ張り出す。
「僕が初めてグラスを吸った年だ。彼女の部屋に行ってね。ませた子で、ビーチボーイズなんか聞いてた」
「お前と一緒にするんじゃない」
 同じ屋根の下に暮らしていないせいか、一人娘を庇う口調に混じる独断性は痛々しいほどだった。それじゃあ嫌われるのも道理だよ、と離婚はおろか結婚歴もない自らが口にしたところで説得力がないとはわかっているから、アウトはそれ以上反論しない。もっとも少女の嫌悪の割合は家長的頑固さではなく、母親に振るわれた暴力が大半を占めているのかもしれなかったが。
 表示された待ち受け画面曰く、既に何件か着信履歴は残っていたが、後回しにしてボタンをプッシュする。脇をすり抜けていく鑑識の連中。彼らが全てを終えるまでに、麻薬課の連中が裸足に革靴で場を踏み荒らさなければいいのだが。自らの想像が余りにも真に迫っていて、結局アウトは携帯電話を再びポケットに戻した。冗談ではなく、第三者の目を入れておいた方が良いかもしれない。

 先ほど自らその役割を買って出た男は、呆れたことに未だ平凡な管理人をその場へ釘付けにしていた。質問者の方が一方的に喋る状況は好ましいと言えない。あの禿げ頭には、これから署で雄弁な説明を行ってもらう必要があるのだから。
「気は済んだかい」
「まあな。そっちは?」
 突きつけてくるレコーダーを指で押し退け、無感動に微笑んで見せる。
「僕の頭脳如きでは何とも。署での発表を待ってくれ」
「結局それか」
 言葉程には残念そうなそぶりを見せず、ソロはレコーダーを引っ込めた。
「ヘッドラインは『デパートガールのショッキング・ショッピング』か」
「センスに欠けるね」
「いい加減にしないと、てめえの逮捕を雑誌に載せさせるぞ」
 手袋を外しながらやってきたビフはもう、癇癪を隠そうとしない。彼が覚える怒りは下世話な雑誌記者だけではなく、気づけばドアの前に出来上がっている人だかりにも同等に向けられている。良い物的証拠の採取は期待できそうにないと、アウトも心中嘆いた。中をのぞき込もうとする老人たちを制止する時ですら、新人らしい制服警官は汗を掻き通しなのだ。野次馬とソロを交互に睨み、ビフは小鼻を膨らませた。
「あのお婆ちゃんたちを追い払えたら、オズワルドがJFKを撃った方法を教えてやるよ」