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打算的になりきれなかった一週間

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第五章 大人の思惑、子供の逡巡



なんかしゃべっちまった、誰にも言ったことのない本心を。
俺は家に戻って顔を洗う。水はまだ冷たい。水が温かくなるのは確か、
春が来てから二ヶ月後だったか。
本心をしゃべる時ってもっと、真剣な空気の時かと思っていたが、
ポテトの匂いと春の陽気につられてしゃべっていたような気がする。
でもきっとそれだけじゃない。落とした裕美の肩と、寂しげな様子が
……どこか共感するところがあって、それで……。
「くそっ」
毒づく。あと6日。裕美にどんな顔して会えば良いというのだろう?
とんとんとん、と母が階段を上がってくる軽い音。二階に俺の部屋はある。
この家は洗面所とトイレが二個あるのだ。階段の上が洗面台。
「翔大、帰ってたの。ただいまくらい言いなさい」
「ん」
タオルで顔を拭きながら、俺は母を見た。
「弘道伯父さんから電話がかかってたわよ。翔大はどうしてるって。
元気だって答えておいたわ」
「そう」
素っ気ない物言いに、母親は気遣うように言う。
「翔大。私には素っ気なくしても良いから、伯父さんたちには……」
「分かってるよ。普通にする」
その言葉すら素っ気ない。しかし母はほっとした様子で
「……お願いね」
階段を下がっていく。その背中を俺はぼんやりと眺めた。
北海道の豪農の家に俺の父親は産まれた。唯一の男の子だった。
そこで嫁を娶って、家を継ぐ。それが父の役目だった。
だが旅館スタッフとして派遣で来ていた母と
出会い、人生の歯車は狂う。父が母を連れて都会に逃げてきた
ときにはもう、母のお腹の中には俺がいた。
父は俺が3歳になったとき、母と共に実家に一度帰省した。その場で
約束を交わしたらしい。俺を跡取りに据えることを。
子供の頃は、夢物語みたいな遠い話だと思っていたが、あと一年。
すぐに経営に関わることになるので、大学に進学することもない。
俺の成績を見て、教師はもったいないと反対しているが、両親の意志は固かった。
『翔大は、お父さんのやったことを背負い込もうとしてるだけじゃない』
裕美の言葉が脳裏に響く。そうだ。父の因果が俺に降りかかってきただけ。
でも。だからといって、どうすれば良いだろう?
俺はまだ子供なのだ。敷かれたレールの責任が重すぎて、竦んでいる子供。
なにもかも投げ出す勇気もない。父と母を見捨てられない。そんな……ガキ。
ずるずると意識が暗い方向へ行きそうになったとき、電話がかかってきた。
「翔大、弘道伯父さんからよ」
俺はタオルを洗面台に置くと階段を駆け下りた。

弘道伯父さんからの電話は簡単な用件だった。簡単すぎて、拍子抜けした。
今度紹介したい娘がいるから、夏休みに長野に遊びに来ないか、と言うことだ。
おそらくその女性が俺の婚約者なのだろう。
良いよ、そう返事すると、弘道伯父さんはがははと相好を崩した。
べっぴんだぞう、同じ年頃の娘だ、きっと気が合う。そんなことを言って。
電話を切った。美人だとか、同じ年頃だとか、記号が頭でぐるぐるしている。
ついには寿絵の顔まで脳裏に浮かんで、頭を振る。
……何を未練がましい。俺とあいつは、もう終わったんだ。

「裕美。週末は水族館に行こう」
携帯にかけると俺は第一声でそう言った。こう言うときはぱーっと遊ぶに限る。
ちなみに今日は木曜日だ。
裕美は少し考えるそぶりを見せたが、そうね、と口にした。
「水族館。カップルのメッカよね。人間観察が出来るはずだわ」
相変わらず打算に走る裕美の態度は、今の俺の救いだった。そうだ。
裕美と俺は打算で繋がった仲、何を遠慮することがあるだろうか。
どのみちあと6日もすれば他人に戻るのだ。
「さすがもてるだけあって、ツボを押さえているわね。勉強になるわ」
「普通の発想だと思うけどなぁ」
「いえ。坂口先輩からも庇ってくれたでしょ。あれはポイント高いわよ。
あなたがもてる理由、分かった気がした。忘れないうちに打算メモに書いといたから」
「その、打算メモって何なんですかね」
「その名の通り、打算的な行為に役立つ知識を書いたメモ帳よ」
……ダメだ頭が痛くなってきた。
「裕美。俺さあ、お前のことよく分からない」
「大丈夫よ、でもあと6日間は辛抱して。私もあなたのことよく分からないし安心して」
正直に言ったのだが、奇妙な告白が返ってきた。
裕美への電話を切ってから、付き合うって何なんだろうなぁ、そう思った。