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打算的になりきれなかった一週間

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第九章 初デート



駅前で立っていたら逆ナンパされた。24歳くらいのOL風の女性だった。
何やってんのお姉さん、捕まりますよ。そう言いかけたとき、
向こうから手を振って近づいてくる少女がいた。あら、彼女いたの、
そう言いながらお姉さんはちょっと軽蔑したように裕美を見た。
……理由は分かる。
裕美は立ち去るお姉さんを見ながら
「お待たせ。何、逆ナンパされてたの?」
「裕美。顔洗ってこいよ」
裕美は真っ白な顔にほお紅が浮いたトンチキなメイクで待ち合わせにやって
きたのだった。真面目な裕美は普段メイクしない。だからだろう。デートで
気合いを入れてくれたのは正直嬉しいが……。
「えっ変かなぁ」
何をおっしゃいますやら。
一流のジョークについ笑いそうになったが、彼女を傷つけたくなかったので、
真面目な顔で言ってみた。
「素顔で良いんだよ別に。俺らまだ高校生だろ」
「えーせっかく気合い入れてメイクしたのに!」
「落とせ」
別に美人じゃなくても構わんが、ひょっとこを連れて歩く趣味はないぞ。
「クレンジング持ってないよ。あ、コンビニにお泊まりセットが売ってるはず」
「それ買ってやるから落とせ」
「はーい……」
コンビニで洗顔して、さっぱりした様子の裕美を連れて外に出る。水族館まで
三駅だ。裕美は残念そうにまだぶつくさ言っている。可愛らしい格好だが、
いささか流行遅れだった。まあ、でも、彼女の家の経済事情を考えると仕方がない。
「初デートでノーメイクなんてありえないよ。せめてリップ付けたい」
「まさか赤いの付ける気か? 人食ったようになるぞ、やめとけ」
俺は人食い少女を連れて歩く趣味もなかった。
「そうじゃなくてグロス! あのつるぷやの唇って、いかにもデート!
って感じしない?」
「ああ、あの天ぷら食ったような」
「……翔大って、女心を分かって無いわよね。打算メモに書いておくわ」
ふてくされたように黙り込む。何もそんなことで怒らなくても。戸惑ったが
黙っていると、あ、駅に着いた、と彼女は明るい声で言った。
「翔大、こっちこっち!」
はしゃぎながら駅の水族館表記を携帯のカメラで写す。そんなことがしたかったのか……。
俺はデジカメケースを鞄から出して振った。
「デジカメあるけど」
「……ブルジョワめ」
むー、と裕美は俺をにらみ据える。口がタコのようで面白い。
それでもデジカメを構えるとピースなんかしてくる。可愛いなお前。
「じゃあ、早速行こう!」
その後も水族館の入り口で写真を撮って、撮影禁止の札が下がっている場所以外、
マンタと撮影したりなんかして。必ずピースで同じ笑顔。カメラの前では
恥ずかしげにはにかんでいた寿絵とは随分違う。当たり前ではあるんだけど。
「ね、ね、ラッコ可愛いよね」
裕美はラッコ館の前で興奮して話す。俺はデジカメを構えると
「ああ。まあ。でも撮るのむずいわー……」
始終動いているのでぶれてしまう。残念ながらそれほど高性能ではない。
「アナゴとかに喜んでくれると楽。俺が」
だってあれ筒に入って動かないし。
ふふっと裕美は笑う。馬鹿だね、と言って。そして俺の腕を引っ張った。
「デートなんだから、二人が写ってればそれで良いのよ」
どきりとした。何、こいつ。今日はやけに可愛いじゃんか……。
「そしてその思い出を踏み石に、一気に打算的な女へと……! わくわくするわね」
……はぁ。さいですか。


昼。フードコーナーでうどんを頼もうとしたら阻止された。何でだよ。
「初デートでうどん……はぁ、翔大、あなたね。私が止めなければ
ズルズルすするつもりだったんでしょ。そういうのはね、ダメなの」
言い方がまるで年配の女性である。お前は俺のお母さんか。
「でも、うどんの気分なんだよ」
「ダメよ翔大、デートで好きな物を食べられると思ったら大間違いなんだからっ」
「うるさいなぁもう。じゃ、お前もうどん頼めよ。二人ですすれば平等だろ」
「仕方ないわね。私は天そばにするわ。今日はうどんよりそばの気分」
「切り替え早っ」
うどんとそばを互いにすすりながら、学食の話をした。俺らの通っている
高校では、唐揚げ定食が一番旨いと言うことで双方意見が合致した。素晴らしい。
「でも、2年にもなるとさすがに飽きが来るわね」
「1年の頃は物珍しかったんだけどなぁ。今はパンや弁当持ってくる奴が多いし」
「そういや3年あんまりいないわよね、学食って」
そんな会話から坂口先輩の事に移行した。そういえば、と俺は口にする。
「坂口先輩に言ってたこと、あれ、本気なの? 『好きな人が幸せならば
それで良いじゃないか』って奴」
裕美らしくない気がして、ずっと引っかかっていたのだ。当の裕美はあっさりと
「ああ。あれね、本の受け売り。実際にはよく分からないのよね」
「よく分からない?」
「うん。だって私、ちゃんとした恋愛経験無いし。一応ああいうシーンは本で読んだから
そのまんま言ってみただけ」
なんという大ざっぱな。しかしこれで分かった。駅で写真を撮るのもうどんを
止めるのも、みんな少女漫画か何かで得た知識を元にやっているのだ、こいつは。
何だかなぁ。
「今まで好きな奴はいなかった?」
「いたけど全部片思い。誰かさんみたいにもてるわけじゃないから」
「俺だって好きな子にもててた訳じゃないよ」
「……ごめん」
素直なのが裕美の良いところだった。
「良いけど。それにしても坂口先輩、昨日は暴れてたなぁ」
昨日のネットの様子を語ると、裕美は興味深そうに頷きながら聞いていた。
「宣戦布告が効いたみたいね」
「……なんかちょっと感動した。冷静な子が多くて。今まできゃーきゃー
騒ぐからてっきりアホの子ばかりかと」
「翔大ってわりと失礼よね」
「そうかな。俺はああやって……普通に接してくれれば良いんだけどな」
集団で馬鹿騒ぎしたり、簡単に泣いたりせずに。普通に。
裕美は真面目くさった顔で言う。
「仕方ないのよ。みんなあなたのことが好きなんだから」
「それは……読んでて分かった。ああこいつら別に、俺の外見だけを見てた
訳じゃないんだって。いや外見の占める割合が多いんだけど、それでも、
俺が寿絵を好きだった気持ちと共通するものがあって」
ぼろぼろと気持ちがこぼれる。裕美はおかしな奴だ。こいつの前だと
素直になれるのは、こいつが人一倍素直だからだと思う。
何が打算的な女だよ。お前には無理すぎる。
「だからその気持ちはすげえ嬉しかった」
……うん。本当に、そう思う。ネットの文面からでも分かるきらきらした気持ち。
真っ直ぐな思慕。それがありがたくて……反面、申し訳ない。
だって俺は、普通の男だから。彼女たちの理想にはなれないし、なりたくもない。
いつか彼女たちも大人になって、気付いてくれるのだろうか。自分たちの偶像が、
ただのちっぽけな16歳の男子高校生だったと。
それとも、俺にとって寿絵が特別だったように、いつまでも特別な男なのだろうか。
もっとも、例の噂で、既に愛想を尽かしてる女が多いのは事実だが……。
「……寿絵さんも、ネットいじめを受けていたのかしら」
偶然寿絵の名前が出て、俺はどきりとした。固い声で
「多分ね。俺はそれに気付いてやれなかった」