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ウリ坊(完全版)

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今年の春(恵)



「もういいから、帰ってください。ウリ坊とちょっと出かけてきます」
ええっ、とウリ坊が驚いた声を上げる。飄は肩を落とし帰って行った。
私はピンクのエプロンを脱ぎ、壁から突きだした釘にかけると、openと書かれた
看板を裏返した。ウリ坊を連れて外に出る。
「どこに行くんだよぉ」
「ついてくりゃ分かるよ。ああ、今日は寒いね」
四月初めだというのに外は真冬が来たような寒さで、息が白く濁った。
駅を通り過ぎた際、本当に真冬と行き交った。透明の空気が半身を
なめていく。ウリ坊が懐かしげに呼びかけると、真冬は雪で勢いよく真っ白に
なり逃げてしまった。
ウリ坊の悲しげな顔を一瞥し
「冬は恥ずかしがり屋だからね。一月二月が良く吹雪くのは、冬がその姿を
隠したがるせいさ」
駅前通を抜け、古い町並みが立ち並ぶ場所に出る。すずり板みたいな黒い店が
こじんまりと建っていた。
ここは私が子供時代の大半を過ごした店だ。幼い私が仰いだ頃は
夢に出てくるくらい威圧感があったのだけれど、今は「ボロ」と
あっさり評せる店になっている。
少女の頃はそれが許せなくて、なぜだか無性に腹が立った。なので洒落たワインを
持って行ったり、掃除を手伝ったりしていたのだが、マスターの一言で全てのやる気が
失せてしまったのだった。
私ではなく、他の常連客に一言。
「家と違って、子供は年々立派になっていくから良いね。うちももうボロだ」
言ってマスターは笑い、カウンターを叩いた。
嬉しそうだったのである。
もうどうでもいいわいと思った。
ドアを開けると、スポンジに突入したかのような空気がもわりと私を包んだ。
暖房効かせすぎじゃないか?
「えいらっしゃい」
「……」
声の主は人体ではなく気体だった。ピンクの。
「こんなとこで何やってんだよぉ」
ウリ坊が先に狼狽した声を上げた。
カウンターの奥からマスターが顔を出し、こちらに笑みをくれる。顔全体が
しわだらけになる笑顔だ。私は軽く会釈を返す。私は客商売には向かない。
おせっかいとは知りつつも、一応口を出す。
「今年の春がこんなところにいたら、春が来ませんね。冬が駅前でおろおろ
してましたよ」
マスターは、ダーメダメ、と大仰に手を振る。
「去年もそうやって温情をかけてたら、知らないうちに夏と交代しやがってさこいつ。
今年こそ酒代せしめないと。おらおら働け、酒代4年分っ」
今年の春はげえと声を上げる。その様子がおかしくて、私はちょっと笑った。
「この調子だと、今年は春はここにしか来ませんね」
マスターはあの日のようにカウンターを軽く叩き、嬉しげに、ちょっといいだろと
口にした。

作品名:ウリ坊(完全版) 作家名:まい子