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冷酷な男

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『冷酷な男』

 ここで紹介する闇金融の西村一樹は実に勉強家である。高校も満足に出ていないのに、法律を熟知している。背は少し低いが、筋肉質の体をしている。目は少し陰険だ。話をするときは決して大きな声を出さない。聞き取りにくいくらいの小声だ。いつも上質のイタリア製の服を着て、いい香りのするハバマ産の葉巻をくわえている。

 生まれは東北の寒村である。大都会東京に出てきて二十年経つ。もう訛はない。田舎を出ると、すぐに品川の小さな町工場に勤めた。昼も夜も真面目に働いた。初恋の相手の名は雪子。さほど美しいというわけではないが、彼は雪子がにっこりと笑ったときの笑顔がたまらなく好きだった。同じ東北の出身であることも彼の恋心に影響を与えたかもしれない。そして四年目の春、結婚を決意する。そのまま結婚すれば、平凡な一市民として生涯を閉じたかもしれない。が、一つの事件が運命を大きく狂わした。

 雪子を好きだったのは、西村の他にも工場主の息子がいた。これが手もつけられない悪党で、欲しいものどんな手段を使っても手に入れた。彼らの結婚の話を聞くと、無性に腹が立ったドラ息子は雪子のアパートに訪れ、野獣の欲望をあらわにして彼女を襲った。彼女はショックで翌日、自殺した。事件の真相は彼女の一通の遺書で暴露された。警察はドラ息子を調べたものの、遺書はでたらめで自分はむしろ被害者だと言い張った。優秀な弁護士がついたこともあって、結局、無罪となった。それを知った西村は怒りで自制を失いドラ息子を刺した。二ヵ月の重傷であった。西村は有罪となり、刑務所に送られた。

刑を服しながら、西村は多くの本を読んだ。また多くの処刑者からいろんなことを学んだ。出所後、彼は街のチンピラになった。ある時、偶然に出会った街の闇金融業者に見込まれて、彼のもとで働くことになった。十年後、闇金融業者が不慮の事故で死ぬと、彼はその会社の代表となった。この死に一つの噂があった。西村が葬ったのではないかと。むろん、警察の調べでは、事故死となっているが。

 今では西村は立派な同じ町金融業者だ。困っている人々に金を貸して法外な利子を取る。土地を持っていれば、彼らが要求する倍の金の貸してやる。そして返済の日になって、返さないと土地も家も無慈悲にとりあげてしまう。むろん、相手をちゃんと調べたうえでやるから、警察に目をかけられることはない。法律も関係ない。全て闇の世界のことだからだ。

 一人の客が西村を訪ねた。かつてチンピラをやった時の仲間で村山大介という。
「ずいぶん、出世したじゃないか。兄弟」
「何の用ですか? 村山さん」と西村はいかにも迷惑そうな顔をした。
「ふん。そんなに邪険にしなくったっていいじゃないか」とわめいた。
 村山は昔からそうだった。少しでも自分が気に入らないことがあると、恥も外分もなく大騒ぎする。そうすると、相手がひるむと信じているのだ。
 西村はにこりと笑い、指で何やら合図した。すると、屈強な男が三人入ってきた。そして素早く村山を取り押さえた。
「どうします?」と一番、背の高い男が聞いた。
「ふん、外へ放り出せ。……そうだ。もう二度と来られないように海にでも沈めろ」
「おい、冗談だろ?」と村山は真顔で聞いた。
「冗談? そんなふうに見えますか?」と西村は微笑んだ。
「悪かった! 許してくれ。ただあまりに羽振りが良さそうだったので、少し恵んでもらおうと思っただけだ。つまらぬ間違いをしてしまったよ」と卑屈に笑った。
「ここに来たことが、まず大きな間違いです。そして、たかろうと思ったのは、もっと大きな間違いです。さあ、連れていけ! 目障りだ」と笑った。
 屈強な男たちがまるで荷物を運ぶように村山を連れ去った。
 西村は秘書の方に向き、「つまらぬ過去を知っている男は闇に葬らねばならぬ」
 秘書はにこりと笑い「安心してください。私は何も覚えられない無能な奴ですから」 
「そうか」と西村は呟いた。
 秘書は一礼をして去ろうとした。
「つまらぬ話をしている者がいる」と秘書を一瞥した。
秘書は青ざめた。それは隠しようもなかった。口元が微かに震えているのを、西村は見逃さなかった。
「残念だ、実に。ずっと俺の右腕だと思っていたのに。女に惚れても、心は奪われるようだったら、おしまいだな。ましては美しい女ほど気をつけないといけない。バラのように棘がある。美しさに心を奪われると、棘が刺さっていることも気づかぬ」
 秘書はすぐに麗子のことを言っているのだと分かった。熱を入れているホステスだった。自分だけ愛していると何度も麗子は言った。それを真に受けてしまったのだ。そして、本来、喋っていけないことを麗子に喋ってしまった。それは、最近起きた殺人事件のことで、それとなく西村が何かしら関わっているのではないかと仄めかしてしまったのである。言った後で、後悔したが、後の祭りだった。そのことを西村が言っているのだろう。だが、なぜ知っている? 秘書の頭は混乱した。必死に考えた挙句、出て答えは麗子が西村に漏らしたということだ。だが、なぜ……
「どうした? 顔色が悪いように見えるが」と西村がわざとらしく聞いた。
「そうですか? 社長がおっしゃったことよく分からなくて……でも、どこかで余計なことを喋っていたなら、これからはそうならないように気をつけます」
「その方がいいな。でないと、さっきの男のようになる」と西村は優しく笑った。
 この笑いだ。この慈愛に満ちたような笑みに心を許してはいけない。この微笑みに、つい心を許し本音を吐露したとき、西村は残虐な本性をあらわにする。

 秘書は麗子との関係を清算しようと思った。おそらく、彼女は西村とも何らかの関係を持っている。それも自分よりも深いかもしれないとも思った。そんな素振りは一度も見たことも聞いたこともなかったが。これ以上、親しくなれば、自分は危ない。別れよう! 一刻も早く。秘書はそう堅く決めた。

 数日経った夜のこと。麗子が秘書をホテルに誘った。最初は誘いを断ろうと思ったが、つい甘く囁く声に、彼の堅い決意も砕けだ。
 先に麗子が入っていた。出迎えた彼女は陽気だった。かなり酔っていた。まるで祭りみたいにはしゃいだ。そして、大きな指輪をみせた。
「どうした?」と聞いたら、
「内緒よ」と答えた。
「どうせ、酔っぱらいのジジイから、貰ったんだろ?」
「悪かったな。酔っぱらいのジジイで」と背後から声がした。振り返って、その声の主の顔を見たとき、秘書は顔面蒼白となった。
 麗子は笑みを浮かべながら男の首に手を回した。
「何を驚いている」と男は笑った。
「今日は最後の晩餐だ。葡萄酒も用意してある。たっぷりと楽しもうじゃないか」と男は言った。
 ドアを見た。既に出口は屈強な男たちに塞がれていた。
 罠だったのだ。その罠に見事に落ちたのだ。命乞いをしても、無駄なことは百も承知だった。
 男は麗子を抱き寄せた。そして豊かな乳房を掴んだ。
作品名:冷酷な男 作家名:楡井英夫