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雨色の宮

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「でもねえ、今日は聖ウァレンティーヌスの殉教の日何だから、私がここで待っていることぐらいピンと来てくれないと」
 そう言いながら、鞄の中からいつものように鼈甲の串を取り出して私の髪を梳かしはじめる。
「そうですね、以後気をつけます。月乃さんこれどうぞ」
 私は髪を梳かしてくれている月乃さんの邪魔をしないようにしつつ、手提げ袋から今日一番の手土産を取り出す。
「わ、ありがとう。遅れたことは赦しましょう。私もちゃんと陽子の為に用意してあるよ、もちろん手作り!」
 私の髪を梳かすのを少しだけ中断して、自分の手提げ袋から小さな可愛らしい亜麻色の包みを取り出した。
「あ、外側から既に可愛い」
 あまりの可愛さに私の感情回路が反応した。月乃さんの笑顔がいつも以上に可愛く見えた。
「でしょう、陽子には和が似合うから今回も和の雰囲気にしてみました」
 何だかお店で買ったものしか渡せない自分が申し訳ない。
「ごめんなさい月乃さん。私のは手作りじゃないんです。お母さんのお知り合いの方がやっている大好きなお店の一番私が好きなやつなんです。不器用なので手作りとか自分でラッピングするのとか苦手で」
 自分で言ってて恥ずかしくなって、顔が紅くなっていくのが解る。そのまま俯き加減になってしまう。
「陽子が好きなやつなら何の問題もないよ~気にしなくていいって。あ、じゃあ来年は一緒に手作りしようか? その陽子の好きなお店にも一緒に行ってみたいし~」
 そう言って、月乃さんは私の両手に挟まれて、スカートの膝の上に乗せられていたものと、自分の亜麻色の包みを交換した。
「綺麗なオペラ色、洋の雰囲気だね。私も家で食べるから陽子も家に帰ってから開けてね」
 そう言いながら、私のものを自分で編んだという、手提げ袋に入れた。
「しかし、陽子も沢山もらったね…。その手提げ袋も何、貰い物?」
 普段の表情に戻って、私の右側の手提げ袋を覗き込む。手は再び私の髪に伸ばされている。
「そうです、貰い物です。友達が大荷物を持った私を見兼ねたのかと」
 言いながら月乃さんのものを手提げ袋に入れようとすると、
「そんな訳無い…それ…だし」
 小声で月乃さんが何か呟いた気がして、
「え?」
 思わず聞き返した。
「あ、私のは陽子の鞄に入れてね」
 そう言うと、私の髪をまた梳かし始めた。
良く聞き取れないままだったけど、ひとまず月乃さんのものを鞄に入れた。
「陽子、三つ編みにしてみようか取り敢えず左側に一本だけ」
 言い終わらないうちに、手早く編み始める。私の答えはもちろんイエスなので返答は不要だ。でも、
「はい、月乃さんのお望みのままに」
 そう答えておいた。

 この白の宮に響く音が、いつの間にか月乃さんの音と雨の音から、私の音と月乃さんの音に替わっていた。

 しばらくして、外に出ると、まだちょっとだけ小さな滴が落ち続けていた。
「陽子、傘無いから入れて~」
 私の青色の傘に月乃さんが私の左側に入り込んでくる。月乃さんの勢いで、私の三つ編みと、その先に結ばれた水色の蝶が揺れる。
私の髪を編み終わった後、月乃さんが自分が身に付けていたリボンを外して結んでくれた。
「今日は三つ編みとリボンまで、ありがとうございます」
「いやいや~良いよ。陽子の髪は綺麗だから何色でも似合う」
 月乃さんがそういうので私も、
「月乃さんの髪だって凄い綺麗ですよ、今日もらったやつと同じ亜麻色」
 そう言ってみたら、
「え、あ、そう、あ、ありがと…」
 珍しく、あたふたして、ちょっと紅くなって俯いていた。いつもとちょっと違う感じでとても愛らしいのだけど、おかげで何だかクロス歩道橋の分かれ道まで無言になってしまった。いつもとそう変わらないやり取りなんだけど、何でか今日に限っては妙に照れくさい。私までまた月乃さんと同じ顔色になってしまった。昇降口で、私も月乃さんもまた戴き物がしこたま増えた。
タイミングが良いのか悪いのか、分かれ道の所で雨は無事に上がった。
この時期にしては珍しく、雨上がりに直ぐ晴れ間が見え始めている。空の色は既に青から藍に変化している。
「雨、上がっちゃったね。ありがとう、陽子」
 月乃さんは、いつもの調子に戻って私の好きな、いつもの笑顔を向けてくれた。
「じゃあね、また明日」
「はい、また明日です」
 いつものように、その後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
空にはもう、灯が点り始める。明日は良い天気になりそうな気がする。

 家に帰って、月乃さんのものを開けてみると茶色い粉の付いた、丸っこいものがいくつも入っていた。
こういうのも作れちゃうし、本当に月乃さんは器用で何でも出来る人なんだな。
器用、で手提げ袋を思い出す。何をお返ししたら良いか、今度月乃さんに相談してみようかな。
そんな取り留めのない思考を巡らせながら、今宵の月を想いながら、聖ウァレンティーヌスの殉教の日の夜、私にとって超重要な日の夜は幸福に更けていった。



BGM
灰色の空/Earth Well
うさぎDASH/→Pia-no-jaC←
J・S・バッハ/小フーガ ト短調 BWV 578
亜麻色の髪の乙女/ドビュッシー
         ヴィレッジ・シンガーズ
         島谷ひとみ
雨上がり/Earth Well
作品名:雨色の宮 作家名:雨泉洋悠