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てっしゅう
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「ぶどう園のある街」 第四話

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第四話

偶然が重なる。次の日同じような時間に前を通りかかると昨日の男性が中から出てきて美也子の顔を見つけた。

「昨日の方ですね、毎日遅いですね。お仕事ですか?」
そう尋ねて来た。
「はい、向こうに見える新しく出来た介護施設で働いています」
「あのホームね。そうでしたか・・・今日は空いていますよ、良かったら中に入りませんか?寒いでしょ、温かいもの奢りますよ」
「いいえ、結構です。父が心配しますから・・・では失礼します」
「そうですか・・・あのう、明日施設にお邪魔してもいいでしょうか?お話があるのですが・・・」
「私にですか?」
「いいえ、施設にです」
「失礼しました。結構ですよ。私は朝から勤務しておりますので・・・昼休憩時間を外していただければご用件伺えます」
「じゃあ午前中に伺います。おやすみなさい」
「では、お待ちしております」

男性は何の話がしたいのだろうか、まさか入居ではないだろう。そんな事を考えながら家に着いた。暖かい風呂で身体を癒しながら、雅子が元気になる方法がないのか考えていた。病気が回復することがないのだったら今以上に進行しないように工夫できれば応援したいとあれこれ思っていた。すると、ハッと気付かされたように「歌がある」とひらめいた。メロディーを口ずさんで、歌詞を覚えるようにすれば記憶力が衰えないのではないかと期待できた。カラオケ喫茶の何気なく聞こえていた歌と音楽が美也子の発想につながった。

翌朝11時を少し回った時間に男性はやって来た。

「おはようございます。高見といいます。お話しがあって伺いました。責任者の方居られますでしょうか?」
受付に出た女性スタッフが美也子を呼びにいった。

「お待たせしました。大西美也子です。私が伺わせていただきます。こちらへどうぞ」
美也子は事務所の中にあった応接間に男性を案内した。高見は名刺を差し出して用件を話し始めた。

「昨日はどうもありがとうございました。あなたがこちらの責任者だったのですね」
「一応任されては居りますが、まだまだですのでうまくお返事が出来ないかと思いますが・・・どのようなことでしょうか?」
「名刺ご覧いただけましたか?」
「はい、地域の音楽活動をボランティアでやられているようですね」
「そうです。歌を唄ったり、ギターの演奏をしたり、必要な時はメンバーを集めてコンサートをしたりして介護施設や病院を回らせてもらっているのです」
「ご立派ですね、なかなか出来そうでボランティアでは動けないように聞いておりますから・・・」
「ありがとうございます。私事ですが、10年ほど前に大きな病気をしましたが、何とか命を取り留めて、その時に自分がやっている音楽を役に立てられないかと今の活動を続けるようになりました。こちらの施設でも良かったらお手伝いさせていただきたいと今日はお願いに来ました」
「ではここで歌と演奏を披露して頂けるのですか?」
「ええ、喜んでさせていただきますよ」
「来週の水曜日にクリスマス会を開くんです。宜しかったらその時に唄っていただけますか?」
「水曜日ですか・・・なんとかします。時間は何時ですか?」
「3時におやつの時間がありますからその時にケーキを出そうと思っています。終了を2時45分ぐらいにして頂いて皆さんと一緒にケーキを食べていただけませんか?」
「いいですね・・・そうしましょう」

美也子が考えていた歌を雅子に聞かせる絶好の機会になりそうだった。
訪ねてきた高見はカラオケ喫茶の反対側にあるコンビニのオーナーをしていた。長年勤めた会社を早期退職してコンビニのフランチャイズをテナントで始めた。自分が罹った病気のためにそれまでの会社では勤務を続けることが出来なくなり依願退職をした。したくなくなったと言う方が正しいのかもしれない。

ずっと趣味でやり続けていたギター演奏を仲間うちで楽しむだけではなく人前で披露したいと思い始めていたことで時間が自由になる経営者の道を選択した。簡単には商売は出来ないと思っていたが、人口が増え始めていたこの街でコンビニはそこそこ流行っていた。気がついたら目の前にカラオケ喫茶があったので遊びに行くようになった。高見はギターのほかにも歌が好きだった。ボランティアのために昔の懐メロも覚えた。カラオケはその点歌いやすく覚えやすかったから助かっていた。いつしかこの店の常連になっていた。

24時間営業しているコンビニは人の使い方が難しい。原則夜間は経営者が店頭に立つように指示を本部から受ける。防犯面や高い人件費を節約するためだ。しかしそうしているオーナーは少ない。身体が持たないからだ。
高見は前の勤務先でニ交代の仕事をこなしていたから夜勤は負担に感じなかった。当然のように殆ど毎日カラオケが終わるとそのまま店で朝まで仕事をしていた。もちろん一人アルバイトは雇っていた。トイレに行けなくなってしまうことと、防犯上の安全のためにそうしていた。
昼間は数人の主婦のアルバイトでこなしていた。寒くなると風邪でアルバイトが休むので、昼間も時々高見は仕事をせざるを得なくなっていた。
約束の水曜日は休めるようにアルバイトを一人増やして対応するようにした。

「ぶどうの家」のクリスマス会の日がやって来た。昼ごはんの前に職員がみんなの前で劇をやった。解りやすくあかずきんちゃんにした。
オオカミ役の美也子は怖がらせないように可愛い顔を書いて頭に被っていた。
昼ごはんが済んで、みんなで簡単なゲームをして1時半ごろから高見の歌と演奏が開始された。50歳を越えている高見は年齢を感じさせない澄み切った声で懐メロを聞かせていた。ホームの入居者やデイサービスで来ていたみんなは口ずさみながら一緒に歌っていた。
楽しい時間が過ぎて終了となった。最後に高見は自分の母親のことを話し始めた。

「今日はありがとうございました。最後に私の母の事を少し聞いてください。母は80歳になります。元気で毎日を過ごしていますが、もう20年も経つでしょうか、脳梗塞の後遺症で歩くことが出来ません。最初に倒れていたのを見つけたのは私でした。たまたま平日でしたが有給で休んでいて、気付いたんです。後30分遅かったら死んでいたと医者に言われました。定年していた父が世話をしておりましたが毎日の世話が堪えたのでしょうか10年ほどして病気で亡くなってしまいました。母はもう死にたいといいました。自分が迷惑をかけている・・・と。

一番上の姉が子供の世話から解放されていたので実家に来て母の世話をしていましたが、親子なんでしょうかきつく言い合いますので母が元気をなくしてしまいました。私には妻もいるし子供達もまだ就学していましたから毎日のように通うわけにも行かず、姉に任せるしかなかったのです。