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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(2)

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 そこには、なんと一ヶ月で十万ドルを百八十万ドルに増やしたという運用結果が書かれていたのである。日本円換算で約八百五十万円が一ヶ月で約一億五千三百万になった事になる。これは明らかに異常な運用成績だった。通常トレードコンテストというのは運用資金を何パーセント増やせたかを競う物である。何倍に増やせたかを競う物ではない。勿論、グレリアが見てきた他の新人のレポートは、十パーセント増とか七パーセント増とか平凡なトレード結果を書いていた。中にはトレード結果がマイナスというお話にならない者までいた。そんな中で、この新人は千八百パーセントの資産増加率を叩き出したのである。
「馬鹿な! 十八倍だと!」
 グレリアはそのトレード結果を食い入る様に眺めた。確かに一ヶ月で十万ドルが百八十万ドルになっている。間違いではない。
 そこにはそのトレーダーの取引明細が全て書かれていた。

・トレード期間 一ヶ月
・開始時資産 十万ドル
・終了時資産 百八十万ドル
・トレード回数 三百二十八回
・勝ちトレード回数 三百二十八回
・負けトレード回数 〇回
・勝率 百パーセント

「あり得るか! こんな事!」
 グレリアは我慢出来なくなり叫んだ。
 そして、自分の机に置いてあるボタンを乱暴に叩いた。
 すると、すぐに黒いスーツを着た女性が一人、彼の部屋に入ってきた。
 ブロンドのストレートヘアーがよく似合う美人だ。
「お呼びでしょうか、ボス?」
「ロミーナ! お前どう言う事だ!」
 グレリアは開口一番、秘書であるロミーナ・ベッキョを怒鳴りつけた。
「新人の中にめぼしい奴がいれば、すぐに知らせろと言っておいただろ!」
 しかし、ロミーナは表情を変える事無く言った。
「お言葉ですが、ボス、今回のレポート提出者の中に、ボスに報告するのに値する様な結果を出した者はいませんでしたよ。それでもご自分の目で確かめたいと仰っておられたので、レポートをお持ちしたのですが……」
「結果を出した者はいなかっただと? だったら何だ、こいつのレポートは!」
 グレリアはロミーナに乱暴にレポートを渡した。
 彼女は渡されたレポートに目をやる。
「ああ、西京育也ですね。すみません、彼のトレード結果はチェックしていませんでした。トレード結果以前に、彼はルール違反で失格させました」
「何…? お前、今何て言った?」
 グレリアは彼女に詰め寄った。彼女の言っている事が分からない。
 しかし、彼女は表情を変えない。
「彼のトレードはレバレッジが高過ぎます」
 彼女はそう言って、レポートを彼に返した。
 レバレッジとは、簡単に言うとトレードの倍率の事だ。
 トレーダーは取引のレバレッジを上げる事により、その利益率を上げる事が出来る。つまり少ない自己資本で大きな取引が出来るのだ。しかし、利益率を上げるという事は、当然、逆にトレードに失敗した時の損失も大きくなる。だからプロのトレーダーは無闇にレバレッジを上げたりはしない。レバレッジを上げてのトレードはギャンブルになってしまう。それはトレーダーとしての常識だ。
 グレリアはもう一度レポートを見た。
「レバレッジ百倍だと……!」
 彼は目を見開いた。
 レバレッジ百倍というのは、投資金の百倍の運用成果が出せるという事だ。分かり易く言えば、一回の取引で資金がゼロになる事もあれば、二倍になる事もありえる取引だ。これは明らかにトレーダーとしては大き過ぎるレバレッジだった。なぜなら、折角順調に資金を増やす事が出来ても、一回の失敗で全てを失ってしまっては元も子もないからだ。西京育也という男は、この一ヶ月間、トレードではなくギャンブルをしていた事になる。
 だから、ロミーナは西京のレポートの運用結果も見ずに、彼に失格を言い渡したのだ。
 しかし、グレリアは違った。
 彼はまず各トレーダーの運用成績から目を通していた。その為、西京育也のレポートが、彼の目に留まったのである。西京という男が、短期間に運用資金を十八倍に増やせたのも、高いレバレッジで運用し、成功したからだ。今の彼に過程や方法はどうでも良かった。彼が探していたのは、リスクを恐れず確実に資産を増やせるトレーダーだ。
「おい、ロミーナ、今回のバーチャルトレードでイカサマをする事は可能だと思うか?」
「それはあなたが一番ご存知の筈です。バーチャルといっても、値動きは全て本物の市場の動きをリアルタイムに反映しています。イカサマは不可能です」
 ロミーナは無表情のまま言い切った。
 バーチャルトレードと言っても、市場の内容は通常の取引と変わらない。市場に直接影響を及ぼす事をしない限りイカサマは出来ない。そして、市場に直接影響を与える様な力を持った者は新人トレーダーとして応募してきたりはしない。つまり、西京育也のレポート結果は、紛れも無く彼の実力である。
 グレリアはもう一度、西京育也のレポートを見た。
 今月の初めに一万ドルからスタートした資金は、一度も減る事は無く、毎回百倍のレバレッジに晒されながら確実に増えていく様子がそこには書かれていた。
 彼は自分自身の目でレポートを確認した事を神に感謝した。ロミーナや他の社員に任せていたら、西京を発見する事は出来なかっただろう。
「こいつは、今どこにいる?」
「あ……、はい。西京はさっきまで荷物の整理をしていましたので、もう帰ってしまったのではないでしょうか?」
「何?こいつのブースはどこだ!」
「Bブロックです。しかし、ボス……!」
 グレリアはロミーナの話を聞かずに部屋を飛び出した。そして、Bブロックまで走って行った。
 ニューホライズンの入っているゴールドマン・サックス・タワーの中は広い。その為、彼は三十八階のフロアーをAからFまでの六ブロックに区切っていた。グレリアのいる社長室はFブロックにある。Bブロックまで、彼はフロアーの端から端までを走って行かなければならなかった。
 しかし、彼がやっとの思いでBブロックに辿り着くと、西京育也のブースは既に綺麗に片付けられた後だった。ロミーナに失格を言い渡された西京は、荷物をまとめて出て行ってしまったのだ。
「シット!」
 グレリアは踵を返して走り出した。
 エレベーターホールに辿り着くと、下行きのボタンを連打する。
 エレベーターのドアの前で地団駄を踏む彼の姿は、トイレを我慢する小学生の様に見えた事だろう。グレリアはやっと来たエレベーターに飛び乗り、今度は中で一階のボタンを連打した。
 エレベーターのボタンは連打したとしても到着するスピードが変わる訳ではない。そんな事はグレリアも重々承知していたが、そうでもしないと落ち着いていられないのだ。
 彼が探し求めていた、ニューホライズンを救えるトレーダーがやっと現れたのだ。これが落ち着いていられる訳が無い。
 エレベーターが一階に着くと、彼はドアの隙間から飛び出し、エントランスホールを走った。彼が一歩走る度に、メタボな腹がブルンと揺れた。
 ようやく、彼はエントランスホールを、スーツケースを転がして歩く一人の東洋人らしき男を見つけた。
「ヘイ、西京!」
 グレリアは叫んだ。