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Life and Death【そのよん】

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 次の日も、めぞん跡地の木造廊下には真っ赤な血がばら撒かれていた。
「どうやら、近くの養鶏場から鶏が二~三羽盗まれたらしい」
 警察から事情を聞いた鍋倉義輝は、談話室に集まっていた住民にそう言った。
 談話室には一〇五号室の鍋倉義輝、二〇一号室の晩生内五月雨、二〇二号室の八咫占札、二〇三号室の暮宮霞、二〇五号室の紅夢野が揃っていた。
 鍋倉を中心に五月雨、夢野が並び、その端では八咫がタロットを弄り、部屋の隅では霞がつまらなさそうに漫画の山を切り崩している。いや、正確に言えば漫画を読んでいるフリをしながら住民らを観察していると言った方が正確だ。
「まあ、というわけで悪質な悪戯ということだってさ」
 夢野と五月雨らは「腑に落ちない」、といった表情でその報告を聞いた。占札は訳知り顔でさほど心配しているようには見えず、霞はそもそも興味がなさそうに見えた。
 因みに、一〇四号室の佐佐木原はついぞ外に出ることを止めて部屋の中で何かしており、一〇三号室の住民はここ数日テンパリっぱなしで話をできる状況ではない。
「悪戯って言われてもねぇ、住んでいる側からしたらその悪戯が気味悪くて嫌なんだけど」
「確かにその通りなんだが、そもそも警察は明確な事件がなきゃ動けないんだよ。事件性がなけりゃただの悪戯なんだ」
 そう言って、義輝は『お手上げ』のジェスチャー雑じりに寝転がる。
「まあ、アレにはあまり期待していません。それより、二〇四号室の姉妹の方が気になります。何か言ってたのでしょう?」
 そう、五月雨は義輝らに問いを投げかける。
「ああ、俺が『霊媒師でも呼ぶか?』と言ったら、妹の方が『それはもっとお門違い』って言ってたな。なんか知ってるぞ、アレ」
「だったら、姉の方も何か知ってるでしょうね。だから、二人して昨日から姿を見せていないんじゃ?」
「でしょうね。僕としても、あの姉妹を捕まえることが重要だと思います。行き先とか知っている人はいないのですか?」
「さあ? 割りとあの双子に付いて知ってることがあたしは少ないのよ」
「そういや、俺もだ」
 振り返ってみると、姉妹らは騒ぐ割りに自分らに付いては性癖ぐらいしか語ってはいない。ある程度踏み込んだ事情を知っているのは五月雨ぐらいで、その事情もあまり口にして良いものか困るところがある。
 だったら、その事情が関わっていると見た方がいいだろうか? 五月雨は重い腰を上げる。
「とにかく、あの姉妹が行きそうな所を探りましょう」
 すると、同じように霞も立ち上がった。
「……」
 霞も含め、一同は声を失う。
「暮宮だっけ。お前、そのTシャツ、どこで買ったんだ?」
「ジャスコ」
 ジャスコにそんなTシャツ売ってるモンか。そう思った一同だが、その突っ込みはあまりに無意味だったので口にはしなかった。
 Tシャツには、『血で贖え愚民どもっ!』と妙に達筆な文字で書かれていた。
 このシャツを買うセンスもアレだが、このタイミングでこのシャツを選ぶセンスもアレだ。半ばヒキ気味に声を失う住人を尻目に、霞はハンマー片手に二階に上がる。
 しばらくすると、パリーンという音が響いた。
「――ってあいつガラス割りやがったっ!」
 一同、転げるように談話室から出ると、二階に駆け上がる。
「あの子前からガラス割って『突撃隣の晩御飯』とかやってたけど、まさか住民のいない部屋にガラスを割って入るなんて」
 確かに、勝手に部屋に入るなんてする子ではない。その行動は、彼なりの解決の為の行動なのだろう。
 ガラスが割られていたのは、案の定二〇四号室の姉妹の部屋だった。
「あんた……」
「何処に言ったのか、分かるかな、と」
 まあ、確かに何かヒントはありそうだ。五月雨はガラスに気を付けながら部屋の中に入る。
「この部屋って、こんなに物が多かったっけ?」
「そうか? ここ数日はこんな感じだったぞ」
 五月雨は、部屋の中に入っていく。部屋の中には今までテレビ、ゲーム機、カラーボックスなど引っ越してきた頃からは考えられぬほどの物が置かれている。
 引っ越してきた時は一人ダンボール一つにも満たない本当に少ない荷物だった。それが、いつの間にかこれほどまで物が増えていた。
 ふと、五月雨は感付いた。多分、この変化はアレが原因だ。
 他人を殺してしまう以外に、自分の行動がこれほどまでに相手に影響を与えるなんて、彼女は思わなかった。
 五月雨は、アパートに押しかけてきたチンピラを追い返した。追われるような立場だった彼女らが、初めて追い返す立場にその時立ったのだ。
 追われるということは、逃げ続けることと同義だ。逃げ続けるということは、身軽であることが大前提だ。故に、手荷物が少ない方がいい。テレビやゲーム機など、嵩張る上に金のかかる物を持つ余裕など彼女らにはなかったのだ。持っているのは預金通帳と僅かなお金。後はトランクに詰められる程度の手荷物。そして僅かばかりの仕事道具のみ。
 しかし、五月雨の行動が彼女らに一つの光明を見出させた。
 初めて、定住できる場所を得ることができたのだ。
 だから、部屋の物が増えた。殺風景な部屋が、このように雑多で小汚いものになった。
 五月雨はそのことに気付くと、何か心の中にすとんと落ちるものを感じた。それがなんなのか分からなかった。

 部屋の中にはこれといって特に目立つものはなかった。たった一つ、卓袱台の上に放置された電話番号が書かれたメモを除いて。
 そのメモには『かなめちゃん』という誰かの名前も一緒に書かれていた。
「あの子達、このアパート以外に知り合いっていたのかしら」
「あっちこっち移動していたみたいだから、きっとその中の知り合いの一人ですよ」
 とりあえず、その電話番号に掛けることにした。
「――え、あ、はい。そうですか。申し訳ありません。ご迷惑おかけしました」
「どうだった?」
 義輝が電話を切るのを待って、夢野は問い掛ける。
「かなめちゃんって子は確かにいたらしい」
「いた?」
「昔な。今は行方不明らしい」
 そして、そのヒントも空振りに終わる。
「だけどな、昨日同じように電話が掛かってきたらしい。ただ一言、『ごめんなさい』って――。散々聞かれたよ、あの電話の主と関係あるのか、うちの娘と関係あるのか、と」
 一同は頭を抱え込む。ただ一人、占札だけが訳知り顔で一枚のタロットを机の上に置いた。
 机の上に置いたのは、死神。
「これは言うべきかどうか迷ったのですがね。昨日彼女らに二枚のカードを提示しました。審判の逆位置、そして世界の正位置のカードです」
 それぞれ、逆位置の審判のカード、正位置の世界を置く。
「タロットはそれぞれを過去、現在、未来と置きます。この辺はご存知でしょう。そして、本来の審判は復活、結果、発展などなどの意味があります。その逆位置なのだから、悔恨、行き詰まり、悪報という意味になります。つまるところ、過去の行いが今になって帰ってきたというのがこのところの意味でしょうか」
 一旦息を切る。そして、次は世界の正位置を指差す。