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有刺鉄線

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vol.8 臆病


圭佑の醜聞を知り、彼が単身アメリカに渡ると告げたのも藤崎の自室マンションであった。

「そうか。・・・決めたのか・・・」
「うん」

圭佑が手の届かない場所へと行ってしまう。もしかしたら顔を見るのもその声を聞くのも最後なのかもしれない。
動揺したが、それを悟られたくなかった。
恋人になることなどないだろう。友人と呼ばれるにも年齢も世界も違いすぎる。
そうあきらめていながら、会えなくなる、そのことが辛かった。なにかが起きなくてもいい。
今までのように迷惑をかけられ、嫉妬心を突かれ、心配をさせられていたかった。

「先輩も、同じように退学になるんだな。離れてしまっていいのか?」
圭佑は答えなかった。藤崎の視線の中で彼の頬に涙がひとすじこぼれ落ちる。
「藤崎さん・・・」圭佑のまだ少年の細さを持つ腕が藤崎の首にしがみついてくる。藤崎も彼のしなやかに締まった背中に手を回した。愛おしかった。愛おしさでどうにかなりそうだった。
「藤崎さん・・・」圭佑の声が耳をくすぐる。「藤崎さん。俺のこと・・・」はっとした。
それ以上の言葉を聞くわけにいかない。
「圭佑」と大きな声を出す。「想像以上に怖ろしい所に行くことになるかもしれないんだ。いいのか?」
圭佑は発しようとした言葉を奪われ、戸惑いながらもうなづいた。
「もしおまえが・・・」藤崎は躊躇った。「もしもだ。そうしたいなら俺のところにいたっていいんだ・・・何も気にしなくっていい・・・」言ってしまってから馬鹿な申し出だと後悔する。
圭佑はいつもの笑顔になった。「藤崎さんの優しさ、底なしだね。・・・でももう、決めたことだから、ね」
「そうか」

藤崎はこみ上げてくる侘びしさを誤魔化さなければならない。「じゃあ、今夜は別れの夜だな。なにか、飲むか?」
「うん」圭佑は少し頭をひねった。「じゃ、バーボンにして。もう飲んだってかまわないだろうからね」

藤崎も厳つい顔を崩して自分にはスコッチを注いだ。

「乾杯」

マンションから見えるたくさんの明かりを眺めた。この少年と会えるのはこれが最後かもしれないんだ。
それなのに俺はまたこの子の誘いを無いものにしてしまった。何を怯えているんだろう。

圭佑はまだそれほど飲めるわけではない酒をちびちびと舐めている。頬がほんのり上気している。
いいんだ、と思った。怯えることすら認めてしまえるほどこの少年が好きだった。


作品名:有刺鉄線 作家名:がお