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中川 京人
中川 京人
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ももも太郎異聞 2012

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昔々の大昔。九月の空はかんかんに晴れまくっていた。それしか能がないのか。そうではない。昔話でのっけに雨なら、それは意味のある雨でなければならない。デフォルトは晴れである。物語の作者はつらかろう。白紙に墨滴のひとしずくから始めなければならないので無駄が書けない。無理をすれば不自然になる。本音では、いらんことでも書きたいのだろうが、そのたびに「あの伏線はどうなったのか」などとストーカーまがいの追及に見舞われること必定である。
 だからといって、たとえば「桃太郎事件の共同正犯とされる、犬、猿、雉の三者が揃って桃被告が当時貴重な糧食であった黍団子を簡単に差し出したと証言しているのはいかにも不自然である、逆にこの三者が共謀し桃被告をそそのかして鬼一族の大量虐殺へと向かわせたのだ」という、桃側弁護団の主張に対して、自分で書いておきながら、ちょっとこれはまずいなあと、作者が感じてきたところへもってきて、ならばと物語の途中で安易に、「じつは桃太郎は尿糖が出ていたので、黍団子は主治医に止められていたのである」などという新たな証人を立てて逃げたくなる気持ちはわかるのだが、それをやると、それならそれではじめに出しておくべきだ、その場しのぎはいただけない、などと読者になじられるのである。
 ところが読者というものは、いつの時代でもじつに猪口才であって、冒頭に書いたら書いたで、ああ、また例のあれね、と余裕をかましているので滅多なことは書けない。もういっそ、読者などこの世にいなければ好きに自由に書けるのに、などと出口のない想像で午前中いっぱいが台無しになり、昼飯のこなれる午後二時には早や疲れて眠りこけてしまいがちである。
 その点、二次は楽だなあ。べたべた書いてあるのを見下ろして、ふふ、ときどき端っこをひねるだけ。要るものはたいてい『あの』とか『例の』で通る。さっきの『九月』にもなんも意味ないもんね。ふほほ。あー楽楽。まあ大雨降らしてやってもいいんだけど、とりあえず晴れ。

 どことはちょっと言えませんが、その山に住む老翁、守山ジュスカペールは、いまだ杣人を自称してはいるものの、自らの悪行によって疾うの昔に山への立ち入りを禁止されていたのだった。小うるさい役人のせいで、もぐりの樵も立ち行かず、しかたなく他人の雑木林の下刈りを請け負うことで糊口をしのいでいた。いわゆる柴狩り業である。
 同い年の妻ジュスカメールとは連れ添ってかれこれ二十五年になるが、ふたりの間には子どもがなかった。老人といってもこの時代のことであるから、数えで四十過ぎである。へたをすると三十台後半の可能性もある。
 樵をやめてからはろくな収入もなく、されば年金はといえば、そんなもん、現役時代に保険料を集金に来た高飛車な村役人をナタでどつきまわして馬糞樽に放り込んでからというもの、まったく無縁と成り果てていた。
 だいたいが、平均的な貧乏世帯の周辺においては、収入と夫婦の不仲は逆比例の関係にあるようで、当該守山夫妻のいさかいの頻度は毎年のように界隈の最高記録を更新しつつあるのだった。
 四半世紀もの年月は、ありきたりの人間の属性をすべて反転させるまでの力を持っていた。現にこの者たちは、かつて何とほざいておったのか。
「ぼくたち、イザナギ・イザナミみたいに名前がそっくりだね」
「ほんと。年もいっしょだし」
「結ばれる運命だったんだね」
「ねえ、あなたのことスカペールって呼んでもいいかしら」
「スカ、はよしてくれよ。ペールでいいよ」
「うんわかった。ペールね」
「じゃあ、きみはメールだ」
「うん、メール」
「メールはきみだよ」
「わかったわ、ペール」
「メール」
「ペール」
「なんだいメール」
「なんでもないのペール」
「もういちどいってくれよ、メール」
「なんどでもいうわ、ペール」
「こんやもたのしみだね、メール」
「いやん。ペールのエッチ」
「ばんごはんの話だけど」
「やん。ペールのいじわる」
「ごめんよ、メール」
「ううん、ゆるさないわ、ペール」
「こんやは、きみのシバをかりたいな、メール」
「うふふ。とてもきけんな山よ、ペール」
 …………。まあ、好きにやっとれ、ひらがなばっかり大概にしさらせ、というような、不毛な会話を繰り返していたふたりであったのだが、それも蜜月時代ならではのこと。不毛のもうひとつの意味を知るのも、所帯をもって五年も過ぎたころで、そのころはふたりの会話は、倫理的にもまずまず正常値を示しており、お互いかつての会話を思い出すにつけ、おのれの吐いた台詞のあまりの恥ずかしさに、頬をかきむしり、ぶり返す記憶を誤魔化すように意味もない遠吠えをなんども髄膜に響かせるのだった。
 さらに二十年がたった。──悲しいが現実だ。つまり、いまの話だ。

「あんた。集積所から苦情来てるで」
「なんの話や」
「なにて……決まったあるがな、ゴミやゴミ。あんたが出した生ゴミな、回収されやんと残ってもて、えらい臭とるそうやで」
「わしが出したゴミちゃう。わしが出しに行ってやったゴミじゃ」
「そんなもん、とっちゃでもええさけ。はよ行って片付けてきやれ。近くの人にあんじょう頭さげるんやで。あ、それからな。ついでに笹島のあほぼんからどんぶり返してもろてきて。ほっといたら忘れてまいよる。ええか、きっとやで」
 生ゴミの後片付けとどんぶりの回収のためにあばら家の勝手口から蹴り飛ばされたのは、他の誰あろう守山ジュスカペールその人である。かつてのソマビト、誇り高き樵であった。
「どくそばばあが。早よ洗濯にでもいにくされ。ついでに河太郎に足引っ張ってもろて、ヤマメにでも喰われてまえ」
 すっかり前かがみになっているので、左のわきの下から後ろに向けて、しかも妻には聞こえないように毒づいた。これはもう、ここ五年ほど前からの癖になっていた。
「ああけったくそ悪」
 口腔内の唾液にも、妻メールの吐いた息が溶け込んでいるような気がしてまことに忌々しく、それを考えていると、ますます口の中に溜まってきて、ジュスカペールは歩きながら何度も道端に唾を吐いた。
「ほんま、業腹な婆やで」
 ペール老人は、いまだにこの女と所帯をもったことをぐじぐじと後悔していた。繰り返しになるが、まだ前厄にも満たない年齢である。
作品名:ももも太郎異聞 2012 作家名:中川 京人