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恋せよ乙女 赤き唇 あせぬ間に

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その言葉につられて買った。 しかし、 後で後悔した。 変身願望とは、子供じみていると思ったからだ。それに少し透けているのが、なんともいやらしいと思った。 安易に店員の口車にのったことが、悔しいやら腹立たしいやらで、そのまま箪笥の奥に仕舞っておいたのだ。あらためてそれを手にすると、 案外すてたものではないと思った。 特に美しい花柄の模様や、ところどころに金色の糸で刺繍されているのもいい。前は少し透けているのがいやらしいと思ったのが、今はなんともセクシーのように思えた。試しに着てみることにした。鏡に映された下着姿は実に色っぽい。もう一人の自分が映し出されているような気がした。太一と会うときは、これを履いていこう。そう決めて眠りについた。

 太一と会う日が来た。
 ナミエはいつもより早く起きてシャワーを浴び、バスタオルを腰に巻付けて、鏡に向かった。肌が少し荒れている。仕事のしすぎだろうか。いつもより丹念にクリームを塗り、疲れによる肌荒れがみえないようにした。白髪も一本見つけた。ナミエは慌てて抜いた。髪をとかしながら、鏡をじっと見る。ふと、自分が知らぬ間に、想像以上に老けてしまったような気がした。髪をとかす手を止めた。顔が青ざめた。…いや、そんなことはない、まだ二十九だ。充分に若い。いや、もう二十九だ。女盛りは終わり。違う!……… そんな禅問答が自分の中で繰り返された。「女の盛りは三十過ぎてからよ」と言った先輩の言葉を思い出してほっとした。その先輩は三十二で、つい最近結婚した。……そうよ、まだまだ若い。要は気の持ちようだわ…と自分に言い聞かせる。
 箪笥の奥にしまっておいた下着をつけ、お気に入りの服を着て、鏡に向かい、じっくり見る。化粧がうまくいったせいか、二十五ぐらいにも見える。何ともかわいいではないか。そう思うと、晴れやかな気分になった。
「今日こそ、言葉にしよう。“好きだ”と……鏡の中の自分に語りかける。…そうだ、はっきりしている。そうでしょう、ナミエ? あなたはもう、大人よ。二十九よ。もう、子供じゃないわ」と鏡の中の自分を諭した。

 品川のAホテルのロビィーで待ち合わせをして、近くの喫茶店に入った。 
 窓辺に座る。外から春の柔らかな日が差している。
今、太一が目の前にいる。ナミエの胸はいやおうなしに高まった。何の話があるのだろう?  ナミエには言いたいことがいっぱいあった。でも、言葉が舌先で虚しく転がるだけで声にならない。  
 口火を切ったのは、太一の方だった。仕事の話をした。そのことが相談したかったの? と思うと、少しがっかりした。
仕事の話が終わった。いつの間にか、ナミエは太一の顔をしみじみと見ていた。そのことに気づいた太一は、「どうした? 顔が何かついているか?」
「違うの? 何もついてない」
 ナミエはあわてて否定した。
「ずいぶんとたくましくなったな、と思ったの」
 太一は少し顔を背けた。
「よせよ、 君からそんな風に言われると照れるじゃないか」
 “君”という言葉に、単なる友人でしかないという気持ちが表われているようで、ナミエは、また、がっかりした。
「ねえ、 話はもう終わり?」
「いや」とためらった。
「実は」と話し始めた。こともあろうにナミエの部下に恋心を抱いていると告白したのである。その部下のことを思うと、仕事も満足にできないとも。そこでナミエに何とかしてほしいという相談だったのである。
ナミエは泣き出したかった。 だけど、泣くわけにはいかなかった。むろん、身を乗り出して相談に乗るわけにもいかないと思っていたが、出てきた言葉は自分でも意外だった。
「いいわよ。あなたが好きだということを、それとなく言ってあげから」とほほ笑んだ。
「もう、相談は終わり?」
太一はうなずいた。
「じゃ、帰るわ」と言うと、ナミエは立ち背を向けた。足取りは重かった。 まるで重たい砂袋を引きずっているようだった。
ホテルを出て駅に向かった。途中、橋を渡っているとき、あげたかったプレゼントがハンドバック中にあることに気づき、そっと川に投げ捨てた。
 
 数日が経った。突然、カズコがやってきた。遅くなり電車がなくなったので泊めてほしいというのである。遅かったので、二人とも満足に会話をしないまま直ぐに寝た。
 翌朝、 ナミエが鏡に向かっていると、風呂上がりのカズコが派手な下着姿で鏡をのぞきこんで、
「独り言を言うのね、 ナミエは」
「そうかな? 」
「鏡に向ってぶつぶつと言っている。私、 耳がいいから聞こえるの。ナミエ、何かあった? 」
「何もないわよ」
 ナミエって相変わらずね、 いつも自分をつくっている。素直じゃない」
「そんなことは言われなくとも分かっている。でも、どうすることもできない。どうすれば素直に……いや、 自分を変えることができる? 」
「前も言ったけど、男を作りなさい。男しだいで、女はどうにでも変わるのよ。 ナミエには、そんな男がいないでしょ? 」
 ナミエは笑った。不思議な笑いだった。 心底笑っているわけではなくて、 どこか空虚な笑いである。そのことに気づいて直ぐにやめた。
「ナミエは寂しくない? 」
「どうして? 」
「だって……やっぱり、 やめとくわ」
カズコはくるりと背をむけると窓を開けた。 一陣の風がなだれこんできた。
「気持ちいいわ、 やっぱり春はいいわね」と笑った顔をむけた。
「窓をしめてよ」
「どうして? 」と不思議な顔をした。
「カズコには羞恥心というものがないの?  恥ずかしいじゃないの。外から見られたらどうするの」とナミエは怒った。
「ナミエは相変わらず、ね。まるで、少女のよう。 それじゃ、 いつまでたっても男はできないよ。 女はときに隙を見せないといけないの。それに、ここはマンションの四階でしょ? 誰にも見られたりしないわよ」
 言われてみればそうだった。 しかし、 それでも恥ずかしいと思いを消し去ることはできない。 カズコのように自由にはなれない。
「ここはいいところね。少し先に行くと、川があって、土手には桜がある。今、咲き誇っていて、とってもきれい。 そういえば、彼が言うの。桜は女だって」
「どういう意味? 」
「ぱっと咲き、 そして、ぱっと散る。一夜の夢のように。だから私は彼の胸の中でぱっと咲くの」
「恋が実らない私は、寂しく咲いて散った花?」
「何を言っているのよ。まだ二十代じゃない。仮に散ったとしても、何度でも咲けばいいのよ。女は死ぬまで花よ」とカズコは笑った。
「あんたみたいに、楽天的になれない」と小馬鹿にしたように言った。
すると、カズコは笑うのを急にやめ、
「ナミエには分からないかもしれないけど、私にも、いろんな悩みはあるのよ。いつもピエロのようにふざけているように見えるかもしれないけど。泣きたいときはたくさんある。でも、そんな顔は嫌いなだけだよ」
 ナミエはカズコを見た。ほんの少しほほ笑んでいるようにみえるけど真顔だった。そのとき、分かった。その顔の背後には、いろんな顔があることを。
「命短し 恋せよ乙女 赤き唇 あせぬ間に」とカズコは口すさんだ。
 ナミエはあっけにとられてカズコを見た。