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Twinkle Tremble Tinseltown 5

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 わざとらしく名前を出さなかったものの、個人情報の秘匿には程遠い。彼女の顔はソロも知っていた。多少情緒不安定だが、嘘の情報を流して喜ぶほど知恵が回る性質ではない。
「娘じゃないことは確認済み。出身は多分ミルウォーキー、アナウンサーみたいな喋りで酒のつまみが好き。胸の大きさはこっちが知りたいね」
「見たのか」
「ローレンがな。けど隠してない。あんまり出歩くこたあないらしいが、女と喋ったり。学校には行ってないとさ」
 イメージを掴むのは簡単。猫のぬいぐるみ、安物の化粧品、ジョディ・フォスター。カウチに寝そべってピーナツバターでも舐めながらアニメ番組を見る。
「それにしたって、バージンとはな」
 対して想像できないのは、穏やかな顔をしたパパ・ナイジェルの胸のうちだった。紳士であることは知っている。意外と危険な橋を渡ることが好きなことも。それにしたってこれはあまりにも極端だ。最近特に児童ポルノについての規制が厳しくなっているというのに。大体彼がいつでも周囲に侍らせるのは、おつむこそ幼児並でも肉体は成熟しているものばかり。そうでないと、挿入らないのだろう。目分量でも6フィート4インチくらいはある身長に加え、鼻も足も大きい。その徹底した偽善に対して賞を、いや既に彼はオスカーを持ってる。ティンゼルタウンではすっかり使い古されたジョークの一つで、面白みも何もない。
「面白いだろ」
「面白い。けどな」
 あくまでも慎重な口ぶりを更に自らの方へ引き寄せるよう、ソロはカウンターに手を乗せた。
「俺だってまだ死ぬのは惜しい」
「好きに捌けばいいさ」
 スリムは最後まで他人事で物語を終えようとする。
「今までバージンってことは、さぞかし天使みたいな女なんだろうよ」
「普通じゃないか、年齢的に」
 真顔で返せば、鼻で笑われる。
「大概間抜けだな、あんたも」
「育った場所と貧困問題について一席ぶつならお門違いだぞ。俺の親父は安月給の教師だし、叔父は刑務所で懲役40年のお勤め中だ」
「違う」
 引き寄せようとした灰皿が手の届かない位置にあると気付き、スリムは小さく首を傾げるような動きを見せた。察することができても、取ってなどやらない。向こうも承知で、汚れた皿の隣に投げ出されていたラッキーストライクから一本抜き取る。
「それまでの生活がどうのじゃない。あの館にいるってのにまだバージンなのが奇跡なんだよ。売りに出すためじゃないのかもな」
「いや、いくら何でも15歳に」
「手は出さないってか。利益さえ上がるなら自分の嫁ですら議員のところに送り込むような奴だぜ」
 三年ほど前にソロが身の危険を感じてボツにした記事を引っ張り出す。結局すっぱ抜いたのは州に滞在していた大手イエローペーパーの特派員。結果はいつものこととあっけなく流され、派遣された女にコンジローマをうつされてひどい目にあったという愉快な結末つき。
だからこそ、今回も躊躇しているのだ。しかし他人のことなど気遣う性格の男が海兵隊に行くわけなどない。言って聞かせる時間が無駄であることは分かっているので口にはしなかった。
「しかしまあ、多少年齢を誤魔化せるようになるまであと二年は掛かるだろ。それまで飼っとくつもりかね」
「何で俺に聞くんだ。調べろ、それが仕事だろ」
 じれったさを露に色あせたジーンズの膝を掻き、唇だけが真冬のアラスカへ放り出されたかのように白い煙がもくもくと零れる。新たに鉄板の上で焼かれ始めた肉の焦げ臭さと混じり、碌に義務も果たさない換気扇をふらつきながら目指す。
「世間様の事情に詳しいようだから、ついでにいい話を教えてやるよ。生まれる前の赤ん坊が三人、雲の上に座ってた。そこに神がやってきてこう言う、『おまえたちの願いを語れ、さすればそれを叶える為の力を与えよう』。一人目が言ったのは『世の中から悪魔を追い払い、人々を正しい道へ導きたい』、そこで神は大衆を教え諭すために演説の才能を授けた。二人目は『素晴らしい芸術作品を発表し、人々の心を癒したい』。絵の才能が与えられた。最後の奴は『偉大な発明によって、人々の暮らしを豊かにしたい』。類稀なる頭脳を与えられた。最初のガキはアドルフ・ヒトラーって名づけられてユダヤ(kike)を殺しまくった。二番目はパブロ・ピカソって名前になってクソみたいな絵を描きまくった。三番目はトーマス・エジソンって名前で海兵を電気椅子で殺しまくった」

 ソロは最後まで言葉を遮らなかった。眼の前の空っぽ頭の中にあるユーモアは辛辣だが、冗長すぎるのが玉に瑕。それにしたところで、皮肉られているという事実を無視してやっても良いというほどには、彼の機嫌もいい。苦く笑い、再び伝票を引き寄せる。勿論、自らの分だけ。
「で、あんたは何なんだ?」
「そりゃあ勿論」
 誇りすら抱いているような顔で、スリムは半分ほどになった煙草を口から離した。歪んだ唇の端から漏れた紫煙は、今度こそ肉汁に汚される事のないまま人気の減り出したフロアの空気に溶けていった。
「チャールズ・ホイットマンさ」


 来週水曜日に発売される『ティンゼル・カウンセル』は、娼婦に小便を掛けられて喜ぶ商工会議所副会長についての話題で持ちきりとなるに違いない。慣れきった名誉毀損の訴えは簡単に回避できる。あの手の職業についているのだから、誰よりもよく知っているはずだ。事実が軽かった例などない。


 ダイナーの汚れたドアガラスを押し退ける腕の力と、反対方向から押し戻す力はうっかりすれば拮抗しそうになる。首筋を襲う寒さに、ソロは『カサブランカ』のボギーよろしくコートの襟を立てた。一度本社へ帰って記事を書き上げ、入稿担当者に恩を売る。それから愛しい女の仕事場に押しかけてランチ。図書館へ行き昼寝をしながら陪審員の誤審事例に着いて調べもの。転寝の中で考える――義憤と告発は似て異なるもの――。もっともソロ自身は、家出娘の貞操など特に重要視していなかったが。
 今年は冬が遅いと聞いていたが、その分いざやって来ると体感温度は各段に下がる。先ほど飲んだコーヒーは身体を温めてくれず、急速な勢いで膀胱にくだっていった。このまま帰還せず、どこか落ち着いた喫茶にでもしけ込んで暖を取るべきか。向かい風が甲高い音を立てて耳元で誘惑を囁く。まだ外に出てから三分も経っていないという事実へ懸命に縋りつき、彼はできる限り事務所へ近付こうと腹を括った。