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Twinkle Tremble Tinseltown 5

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「それってあれか。つまり、スカトロってことになるよな」
「うるせえよ糞ブンヤ! 飯がまずくなる!」
 ソロが持ち出した疑問詞は、背中合わせの席に陣取っていたスリムの感嘆詞に半分近く塗りつぶされた。確かに相応しい話題ではない。朝8時を回ったばかりのレッドスナッパー・ダイニングはただでも薄暗く、フロア全体が時化ている。油のこびり付いたブラインドによって細切れにされた光が満遍なく散っているものの、ウォールストリートジャーナルの株価情報を読もうとする気力を起こす気には到底なれなかった。つまり、まず視界が陰気臭い。出勤前のサラリーマンやトラック運転手たちも舞台装置を引き立て、皆眠たげな顔を隠そうともせず背中を丸めてモーニングをつついている。彼らはそれぞれ店を入るときは一人だが、故に隣り合った席へ座ると時たま細々と会話を行う。そんな化学反応と、陶器が乱暴にぶつかる音が響いているのに、ダイナーにつき物の覇気が騒音のどこにも見られないのはいっそ驚嘆すべきことだった。ここで時間を消費すればするほど、聴覚は疲弊し滅入っていくのだ。


 加えてスリムの腰掛けた位置はコンロと換気扇の通り道。コックのモリスは何でもかんでもウェルダンに焼き上げるので、今も猛烈な黒煙が挽肉の旨みと共に彼の顔を直撃している。四分の一ほどになったハンバーグもどきをフォークごと振り回し、スリムは苦々し気に唇を捻じ曲げた。
「食ってる肉がクソの味になってきた」
「よせよ、まだみんな朝飯の真っ最中だぜ」
 レコーダーの電源を一旦落とし、ソロは肩を竦めた。もうモーニングは腹へと収まり、手元にはコーヒーのマグだけが残っている。
「ここではまともな朝食って言ったら、これしかないんだ」
「分かってんなら口閉じてろ。おまえらもそう思うだろ」
 狂気そのものの丸い眼で見据えられ、異議を唱えることのできる人間などこんなダイナーにはいない。否定もしないが肯定もせず、客たちは自らの皿へ集中するふりをしていた。それでもまだ不満なのか、スリムはトマトケチャップの飛んだ天板をフォークの尻で叩く。
「ほらよ」
「まあいいけどな。コメントどうも」
 クラブサンドをぱくついていた女はにこりと微笑み、膝に零れていたパンくずを丁寧に払った。彼女にとって缶詰会社の社長の性癖など、朝食以上に価値を持たない。そのまま手を振って去っていく後姿に掌を掲げてみせたソロの顔も、それほど深刻さを帯びていなかった。大した記事ではない。スキャンダルは金曜日に発行される『ティンゼル・カウンセル』の、ほんの片隅に載るだろう。気にするのは糾弾された当人と、ゴシップ好きの一般人のみ。日曜日には笑い話になり、週が変わればみんな忘れる。
「どうしてくれるんだ。貴重な情報源が逃げちまったぞ」
「自分の女のネタでも書いとけよ」
 これには席のそこかしこから低く笑いが上がる。澄ました唇の湾曲だけで簡単に往なし、ソロは人差し指でレコーダーのスイッチを弄っていた。
「あんたの仕事について。特集が組めそうだ」
「今日は安息日」
 今度はスリムが鼻を鳴らす番だった。
「って言えば、ちょっとは腹の足しになるか?」
 今日も結局嘘と真をまとめて流すだけに終わる。好奇心は疼く。だが踏み込んではいけない場所を、ソロはちゃんと心得ていた。そろそろ出かけようとレコーダーをポケットへ、伝票を左手へ。締め切りは今日の5時までというのが建前、実際にはねじ込む余裕などいくらでもある。それにホットなニュースというものは、大抵の場合輪転機が回る寸前にやってくるのだ。下手にがつがつと焦らず、愛すべき恋人のもとへ馳せ参じようかとすら考えていた時に、相手をやり込めたつもりでいる人間特有の、わざとらしく間延びした声が追いかけてくる。
「そういや、面白い話を知ってるか。パパ・ナイジェルについて」


 その場が静まり返ったかと思った。だがよくよく考えてみれば、最初から騒がしいわけでもない。左手の中にある紙に思い切り皺をつけ、ソロは焦げ臭さが漂ってくる方向へ鼻を突き出した。
「何だって?」
「街の東、ステットンマイヤー通りにある大きな屋敷」
 かちかちと、フォークの先端が皿とぶつかっては離れるを繰り返す。
「おっそろしくたくさんの女が出たり入ったりしてる」
「ああ、『プレイボーイマンション』のことか」
 カウンター席へ近寄り、乱暴に腰を落とす。機械のスイッチを押そうかと思ったが、結局そのまま皺だらけの伝票をカウンターへ投げ出すに留める。スリムは頷くと、自らの分厚いコーヒーカップを軽く掲げた。
「あそこにいるのはプッシーとデカパイだけが取り得の女じゃない。何か屋敷の主の気に入るようなところがないと駄目だ。何でもいい、気まぐれを満たせりゃあ。顔のよさ、従順さ、時には頭の悪さ」
 噂話は全人類の男性にとって誇るべきものであるはずなのに、なぜか語るスリムの頬は歪んでいた。
「俺の女なんかは、恐らくそこを買われたんだろうな」
「実用じゃなくて、観賞用ってことだろ」
 ちょっぴりの感傷など簡単に無視し、ソロは軽く身を乗り出した。
「彼女もな」
「だれ」
「その、彼女だよ。今は絵本のコーディネートをしてるが、二年前までは美術雑誌の編集者で」
 職業柄様々な情報を耳に挟んでいるはずである目の前の男は、改めて肘をまともに突き直し、話の続きを待ち受ける。
「パピーが所蔵するケルティックアートの数は、東部でも有数なんだと。その関連で知り合って、何回か食事したらしい。それ以上は丁寧にお断りしたらあっさり手を引いたらしいけどな」
「なんだそりゃ、自慢か」
 スリムの声音は殆どが呆れ、隠し味程度に肯定。誰だって、認めざるを得ないのだ。あの美しさは。反省など一切せず、ソロはふんふんと鼻を鳴らした。
「ああ、そうだよ」
「てめえの女(cunt)なんてどうでもいいけどな。そのプレイボーイマンションに、最近新顔が寝泊りしてるらしい」
「別に珍しいことじゃない」
 わざわざ引き止めて話すパンチラインがこれだとしたら、腹立ちの勢いで紳士らしく相手に決闘を申し込む権利くらい十分にあるとソロは考えていた。あいにく手袋の持ち合わせはなかったので、叩きつけるのは水分を吸ってふにゃふにゃになった伝票くらいしかなかったが。
「赤毛? ブロンド? それともブルネットか? バストはどれくらい、出身はどこで、職業は定型どおりアルバイター?」
「15歳のバージン」

 ジャーナリスト的公憤による沈黙。

 その間にスリムは、糞の味がするらしいミンチ肉をフォークで押し潰すようにして切り、更に二つ重ねにして口の中に放り込んだ。周囲の状況もまるで同じ。一人か二人は話の途中に会計を済ませて出て行ったものの、残りは自分の皿か横に座る人間の顔か、少なくともここ以外のどこかに意識を集中させている。
「それ、奴の娘じゃないのか」
 ソロはほんの少しだけ声を低めた。自らの言葉を信用したくない証に、自然と身を乗り出してしまう。
「情報源は」
「『ナイジェル・ランチ』のストリッパー」