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兄弟

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 朝、目が覚めた弟から自殺未遂と家出してきたという話を聞いて唖然としたものだ。言っては悪いかもしれないが、あれほど優遇されておいて死を選ぼうとした弟を殴ろうかとも思ったし、きつめの言葉を浴びせかけた。それほどに私は、弟に嫉妬していた。醜かったはずだ。劣等感をぶちまけたのだから、弟は面をくらった。
 私は馬鹿だったのだ。理由を聞くとか、取りあえず弟を落ち着かせてから、ネチネチと悪口を言えば良かった。あの当時の私は、実に軽率で、愚かだった。

 弟は必死に懇願してきた。ここに住まわしてくれと。馬鹿なことだと思った。学校はどうするのか。金はあるのか、そもそも親にはすぐに気付かれてしまう事など簡単に判るだろう。
 それでも、弟は涙を目じりに溜めながら懇願した。必死になる弟を見たのは、それが初めてだ。だった。
 必死になった原因などは、暫く後になってから知る事になる。簡単に言えば期待という重圧に押しつぶされてしまったという事だった。

 さて、弟は私の下宿先で共に住まう事に。と言う展開になる事もなく、無慈悲な私は両親に電話をして引き取りに越させた。
 弟は私に襲いかかった。力強かったし、何よりも容赦がなかった。けれども、泣いていた。裏切られたと思ったのだろう。だが、だからといって私の鼻を折る必要はあったのだろうか。結局、両親が来る前に弟は逃げ出し、両親は憐れんだのか知らないが救急車を呼んではくれたが、すぐに何処かへ消えてしまった。

 あの時が、最初で最後の兄弟喧嘩だった。いや、喧嘩と呼べない代物だ。一方的に殴られたのは私なのだから。

 それから、私は何かに憑かれたと思われるほどに勉学へと身をやつした。四六時中勉強をした。時にうなされた。意味の判らない数字の羅列と日本語がごちゃまぜになって私を潰しにかかるという変な夢をみたからだが、この夢は高校に卒業するまでかなりの頻度で見てしまった。

 弟とはあれから会ってはいない。殴られたときに家の鍵を忍ばせたのだが、大学合格を受けるまで会う事はなかった。弟としても会いにくい思いがあったのかもしれないが、謝罪の一つほどは入れてほしかったと思う。

 いや、私が会いに行けばよかったのかもしれない。

 今日のように。

 高い高い壁の向こう側に居を移した弟に、両親は逢いに来る事はない。親類も同じだ。だが、弟は悲しんではいないし、私も悲しんではいない。むしろ、喜びあっている。悪い事をしたのは確かだが、私だけは弟の味方だった。

 防弾ガラスだろうか、声が聞こえるようにポツポツと穴空いた透明な壁を挟んで、私は弟と対面する。物凄く健康そうで、楽しそうで、何よりも充実している顔をしていた。生気が溢れている。弟は笑った。人懐っこい笑みだ。

 弟は言った。「兄ちゃんの言った事をやってみたら本当に治った」と。

 人間は皆、同じなんだ。外見はいくら綺麗でも内面はうんこみたいな奴ら。お前もそうだし、もちろん兄ちゃんもうんこだ。親も大人も友達も、皆うんこなんだ。だから、汚物の集まりに臭いと顔をしかめる事はあっても緊張するなんて事をしてあげる必要はないんだ。うんこなんだから、そこには尊厳とか面子とか何にもない。肥溜にいると思えば緊張するよりもまず、ここからどうすれば早く立ち去れるかを考えられるだろう? そうすれば緊張する事が無意味になる。だから、皆うんこだと思えば良いんだよ。

 我ながら強烈な言葉を弟に授けたものだ。苦笑いを浮かべてしまうが、弟はまた笑った。いたずらに成功した。そんな無邪気な笑みだ。

 待っている。また会いに来る。私はそう言った。

 うん。弟は頷いた。
 臭い飯って聞いていたけど、全然そんなことないよ。家で食べてたものより全然臭くない。

 嗚呼、心底。そう、弟は伸び伸びしていた。

 両親を殺した事で、弟は本当の意味で私と兄弟になれた。そんな気がしてならない。弟が受けてきた英才教育は軍隊の鬼軍曹も真っ青になるほど過密かつ厳しいものだった。両親は一体、弟をどうしたかったのか、今でも疑問に思うが、もう答えは出てこないので、無駄な事は止めにしよう。

 私は背伸びをする。壁の外でつま先立ちをして、思い切り伸びた。弟のように。

 やるべきは一杯ある。不採用にならないために、弟とともに暮らすために、私は良い人を演じよう。辛い人生を歩んできた憐れな人となろう。

 嫌いだったあの瞳を、あの視線を受ける覚悟が、ようやっと。今になって私の中に芽生えた。

 清々しい。
 素直に、私はそう思えたし、何より、何よりもまず、笑顔が自然とこぼれ落ちた。




 
作品名:兄弟 作家名:88