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まず、街角で声を掛けられた。数多無数にひしめく雑多な人の濁流に身を任せ、ただ平凡かつ当たり障りのない歩行を気にかけながらも、転職するかどうかを悶々と考えていた私に対して、
「すみません。少々お時間よろしいでしょうか」
 と、喜々なる作り笑顔という仮面(ぺるそな)を見事に使いこなす女性が一人、私の有視界距離に入ってきた。
 急いでいる。そう言うことを察知しているあたり、場馴れしていることが即座に理解出来た。
「今、刑罰方法に対するアンケートを実施しておりまして、よろしければ簡単なテストとアンケートにご協力ください」
 万遍なる笑顔の奥底で、彼女は時給について考えているのではないか。きっと歩合制だ、私はこういったアルバイトの経験がないが、時給かつ歩合による上乗せでもあるのではないかと勘繰った。そうでなければ影のように振る舞いをカモフラージュとして陰鬱かつ、草臥れた風体を醸す私に声を掛ける女性など居りはしないだろう。
 私自身、近寄り難い空気を作りなすことに慣れてしまっている。そうしなければ余計なしがらみと言える人間関係の構築にいそしまなければならない。それだけは避けたかった。仕事での人間関係など必要悪だ。仕事をしなければ私は自活することが出来ない。そも、サバイバル技術を持っていようとも、今の日本国でいかほどの生活が送れるのか疑問に思う。何をするにも金が必要な資本主義という亡霊に憑かれた人間の群れ群れの一個体にすぎない私が、原初の生活に戻ることを夢見ることもいかほどの不都合があろうかとも、一考してみる余裕を持ち得て入るが、なかなかにドロップアウトして田舎に住まう元気もなければ展望すら浮かんでは来ない。
 ただ、現代の生き方が当たり前すぎて、この徒労感がなければ生きていけないという、悪い習慣がついてしまっている。これはもう、性癖と言って良いかもしれない。社畜とは良く言ったもので、社会というコミュニティを構築していたはずの人間が、いつのまにかシステムに飼育されているのだ。
「こちらへどうぞ」
 あらぬ方向に思考が飛び散っていたのだが、女性の明るい一声とともに、背中を軽くタッチされて催促を受けるという稀有な状況を前にしたためか、夢うつつかつ高揚とした状態のまま、流れに身を任せてしまう。
 先ほどと変わらぬもので、清流を泳ぐ木の葉の一つであるという妙な自覚すらあった。何ものにも評価されず、相手にもされないが、一場面だけを切り取ってみると存外に風流な絵になってしまう木の葉の川流れ。
 私は果たして絵となりえる落ち葉たるかは客観的な立場に居るこの女性の判断に任せることにしよう。
 案内されたのは路肩に止まったトラックの荷台である。四段の階段を上がり、中へ入ると、そこは健康診断で利用する診察を行う車、あるいは献血車のような清潔感を漂わせつつも、窮屈かつ重い空気を双肩に乗っけてくるなんとも緊張感を伴う空間であった。
 まず、椅子に座ることを指示されると右手にディスプレイがあり、真っ暗闇に閉ざされている。正面にはスイッチと思われる赤くて丸い突起物が三つ並び、視線をそのまま落としてゆくと設問アンケートが鎮座していた。
「まずは、注意書きを良く読んでから、必要事項への記載をお願いいたします」
 中々に穴の空いてしまった状況であったが、そこは社会人である私。空気を読んでさも理解している雰囲気を必死に構築させて辺りに振りまいた。実際には何のことかハテナの記号ですら生ぬるい程の混乱をきたしている。ともあれ、必要な記載があるというのならば説明文も付随しているものであって、現に書面を覗いてみると、長ったらしい文面が躍っているわけでもなく、ただ平然と整列しているばかりであった。
 日本における死刑制度の在り方というなんとも重い内容に、私も重くなる。死刑囚はどんどんと殺せば良いのだ。私などどうせ犯罪を犯したところで人身事故とか、酔っ払ってとか、カッとなって殺したという程度。情状酌量の余地あって死刑になることなど皆無。無期懲役になることも怪しいものだ。
 もっとも、人づきあいを避けているのであって、被害者となる可能性こそあるものの、加害者んになるなど考えもしない。そういった奇天烈な思想を持っている身としては、死刑囚など愚かな人間としか思えず、殺すならとっとと殺せば良いのに、と思うのである。死ぬことが確定している人間を生きながらえさせるにも税金が使われているのだろうことは何となく、漠然とニュースを流し聞きすることによって知っているので、そこはかとなく怒りも上乗せされてしまう。
「たとえば、この三つのボタンの内、どれかを押せば、ディスプレイに映る死刑囚の死刑が執行される場合、あなたは押せますか?」
 私は問答無用で押す事が出来るだろう。さてはスイッチもあることだから、実際に押してくれなどと言われるのではないか。実際の録画映像を見せるというのはなかなかにショッキングなものだ。だからこそ、最初に必要事項への記載を強制させ、かつ、それなりの覚悟をしておけという忠告も兼ねていたに違いない。
「アンケートのご協力ありがとうございます。粗品として商品券一万円分を差し上げます」
 書類の最後にはそのようなことが記載されていたが、どうみても一万円は高い。なるほど、これは運が良い。なにせ重い内容だ。アンケート集めも難儀しているのだろう。苦渋の決断、業者内でアンケートを偽装しない殊勝な心がけに心服した。ならば努めてみようではないか。
 そうなるとなぜだかやる気が身体を駆け巡る。国家のために一肌脱いでやろうという妙な男気を発揮したくなった。
 女性が説明を行うが、私は実に紳士然として対応し、もちろん、もくろみ通り、画面に死刑囚が写り、ボタンを押せと指示された。
 問答無用で私はボタンを押す。三分の一であったがここで私のあまのじゃくが動き出し、三つとも早押ししてしまったのである。
 女性は少々慌てていたが、そこはプロ。即座に平静を装い、今度は死刑執行ボタンが真中であることを教えつつ、これを押すことによって死刑囚が次々と死んでいき、あるいは凶悪犯が座る電気椅子に電流が流れ、拷問にかけることができる場合、貴方は押しますかという奇妙な問いかけを耳にする。
 ここで気になる点は、この問いかけの最後に、
「ただし、一回押すごとに死刑を執行するなら一万円。凶悪犯の場合は100円の報奨金が貰える」
 らしいのだが、おかしな話である。実際問題、このような処置を行えるはずはない。ならば、この問いは無意味ではないか。律義に答える者も、その実、内面では何を考えているか判ったものではない。当たり障りのない平平凡凡とした回答をする者ですら、自己を良く見せようという見栄が働くものであって、この問いによって少なからず人間の本質を見ようという無駄な足掻きでしかないことを私は瞬時に理解して、あまりに幼稚な言葉から冷笑をぎこちなく作りなしてしまった。
 私は連打する。画面の中で罪人がどうなろうとも、私はボタンを押す。金がたまって行くことは楽しいものだ。架空の金であったとしても、あるにこしたことない。
作品名:ボタン 作家名:88