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徴税吏員 後編

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「お金があれば払う」と言われながら、それを反故にされていたことがわかり和はショックを受ける。
 差押から帰った大沢が和に声をかける。
「それが現実だ。滞納者が一度分納で味を占めると、その後収入が増えようとも税の納付には回らない。納期限を過ぎても、督促がきても、少しずつ払えばいいという暗黙の了解ができる。そもそも今回は財産調査をして、少額でも少しずつ差押を入れていればこういうことにはならなかったんだ。」

9「オマエはどこまで無知なんだ!」
 
 和は深く落ち込んでいた。信頼していた滞納者からうまく利用されていただけということを知り、今までの自分の仕事の進め方が正しかったのかどうか、自信が持てずにいた。それにしてもなぜあの大沢というのは冷淡ながらも、仕事ぶりは優秀なのか?なぜあそこまで人を信用しないことができるのか?
 大沢の話しぶりから伝わる人間観は、120%性悪説を地で行くようなものである。それは和の価値観とは全く相容れないものであるが、なぜかここでは大沢の人間観通りに人が動き、大沢の読みの通りに展開していく。
 和はどうすれば良いのかわからなかった。それから催告をする回数も減った。かといって財産調査や差押を重視しているわけではない。「どうせ誰も払いやしない」と、表面的に仕事をしているフリだけして、日々をやり過ごしていた。
 
 さて、潤沢な財産を差し押さえたとはいえ、棚田個人の自動車税はまだ滞納が残っており、差押財産の中になぜか火災保険が残っていた。この火災保険には解約返戻金がなく、実際火災等が起こって保険金が支払われなければ取り立ては不可能な債権であった。
 「ま、天災でも起きない限りここから取り立てるのは非現実的ですね。残り数万だから、タイヤロックを示唆して強く言って払わせるか、次の入金を待って差し押さえればすぐ片付くでしょう。」
 大沢や田村をはじめ、一応差し押さえてはみたものの、班の誰もが、ここからの取り立ては不可能だと考えていた。和もそれを聞いていた。

 深夜、1台の車がその業者の事務所に着く。帽子にサングラス、そして厚着をした人間が、ポリタンクを持って降りてきた。事務所にポリタンクの中から液体が撒かれる。そして、その液体に火をつけるが、なぜかすぐ消えてしまう。
 「いくら火をつけても無駄だ。」
 懐中電灯でその人間を照らし、そう言ったのは大沢だった。そして、その火をつけようとしていた人間は和だった。
「なんで」和がいぶかしがる。
「ポリタンクの中身は水に替えさせてもらった。いくら火をつけても燃えない。火災保険の話をしてからのアンタがポリタンクを用意したりと行動がおかしかったからまさかと思ったのさ。こうやって保険金が下りればそれで棚田の滞納が消えるとでも考えたんだろうが、仮に燃やしたところで放火罪だ。」
 と、大沢はいつもの淡々とした調子で話す。
「じゃ、私は何をすればいいんですか。あなたが来てから言うこと為すこと全部裏目に出て・・・・・・・、催告はダメ、財産調査もロクにできない・・・・・。」
 と、和が泣きながら話し始める。
「国税徴収法を学べ、それで徹底的に財産調べつくせ。感情に走るな!感情に走るからこういう暴走に出るんだ」
 大沢の声の調子が段々強くなる。
 和は泣きながら続ける。
「仕事だから仕方なくやってるけど、私はこんなことやりたくて県庁に入ったんじゃないんです。弱い人を助けたくて、町づくりに携わりたくて・・・、人から感謝されたいのに、今の仕事は弱い人には非情だし、法でがんじがらめだし・・・・・・。私、こういうの嫌なんです。法を超えて情を大事にし、人間的に県民と付き合って、そして、喜びを分かち合いたい・・・・・・・。」
 泣きながら、堰を切ったように和が話し始める。
 その後寒空の下、更に心を突き刺すような大沢の返事が返ってくる。

「だったら辞めろ。オマエの考えは役人にそぐわない。そういう姿勢なら、どこに行っても周りが迷惑するし、自分にとっても幸福にはならない。」

10「大沢の過去~悪事を業務命令と言われたこと」

 大沢の言動に心身ともに疲れた和は、狩野と田所を別室に呼び、このことで相談する。
「実は、大沢をここに配属するよう働きかけたのは、私なんだよ。」
課長の狩野が意外な言葉で切り出す。
「今から10年以上前、大沢君はここが初任で徴収をやっていて、私が徴収係長で赴任した時に部下だったことがある。彼は他の誰よりも私の方針をよく理解し、先頭に立って行動してくれた。」
「そうなんですか?」主幹(班長)の田村が意外な反応を示す。
 10年以上前、狩野は当時の相良局に厳格な滞納処分至上主義を持ち込み、捜索やタイヤロックによる自動車差押、そしてインターネット公売など斬新な手法を次々に取り入れ、飛躍的に徴収率を上げた。その後、相良局は数年にわたり徴収率トップを走り続けた。その手法は全県的に取り入れられ、税務職員の中では「相良の躍進」と称されている。当時、別の振興局で同じ徴収の仕事をしていた田村にはその「相良の躍進」が鮮烈な記憶に残っていることだった。しかし、その立役者が大沢だったとは知らなかった。
 狩野は続ける。
「ちょうど、彼と初めて会ったのは彼が入庁2年目の頃だったかなー。ただ、新人の頃はいろいろあって、一度長期休職をしたことがあってね。会ったのはその復職直後のことだった。」
 狩野は大沢が新規採用で徴収を担当していた頃、当時の課長からのモラルハラスメントで悩んでいたことや、徴収率上昇と言いながら、差押には臆病で、滞納市議の議員報酬を差押えた時は、その親分格の県議の威光を恐れ、無理やり解除させられたことや、処分の重要性を係に訴えても、全員で潰しにかかったこともあってか、心が折れ、最後は休職してしまったことを話した。そして、狩野が納税係長に就いた時に、そうやって悩んでいた大沢に滞納処分至上主義を説いたら凄い成果が出たと言う。大沢を呼んだのは、皆にその生き様を見習って欲しいからだった。彼の徴収手法や財産調査に対する研究熱心さ、法令重視のブレない姿勢を見て何かを学び取って欲しかったからだと話す。一見すると異質な大沢の行動を咎めなかったのも、こういう大沢の行動がわかっていたからだと言う。
田村は、大沢との過去を振り返ってこう言う。
「私も大沢君と別の職場で一緒だったことがあるけど、その時は精神的に病んでいて最悪の時期だった。その時はずっと私が仕事のフォロー役だったから、今の強い大沢君を見てびっくりした。けどその考えは正しいと思う。法令を学びつくして、決してブレないところはその通りなんじゃないかな?」
 和はこう言う。
「私には法令至上主義というのがわからないんです。目の前の人間に、法令持ち出して、一つ一つ機械的に応対するというのがどうしても冷たく見えるんです。この仕事に人間的な対応というのはNGなんでしょうか?」
作品名:徴税吏員 後編 作家名:虚業日記