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『喧嘩百景』第4話日栄一賀VS銀狐

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 浩己は思わず首を竦めた。――他人事(ひとごと)ながら息が苦しくなる。
 「最悪」
 裕紀は吐き捨てるように言った。
 「来いよ」
 一賀がくいっと顎をしゃくる。
 「俺一人でいい」
 裕紀は学生服の襟元を緩めて前へ出た。
 ――最強だか何だか知らないけれど、肩で息をしている相手に、「銀狐」とあだ名されて怖れられた俺たちが二人掛かりでやることもなかろう。
 国籍こそ日本だが日本人ではない彼らは中学一年でもう身長も百七十ほどもあった。目の前にいる日栄一賀は、暴走族たちの話では中学三年ということだったが、小柄で華奢で少女のように綺麗な顔立ちをしていた。
 「時間稼ぎのつもりか?一遍に来いよ」
 白人の彼らと変わらないくらいに白い肌。細くふわりとした髪。端整な顔立ちには不釣り合いな、強烈な殺気が小さな身体から溢れ出した。
 ――見てくれに騙されるなってことか。
 「裕紀、油断するなよ」
 浩己も気配を感じて裕紀に声を掛けた。
 裕紀はゆっくりと一賀に近付いた。
 体格では彼らの方が断然有利だ。今までの経験から言っても、同じ年頃の日本人に身体能力で負ける気はしない。しかし、体格だけなら地べたに転がされている連中だとて一賀よりも随分有利だっただろう。数だって圧倒的に多い。それがこの有様だ。
 決して侮ってはならない相手だ。
 裕紀は様子を窺いながらそろりと一賀の方へ腕を伸ばした。
 「!」
 「裕紀!」
 浩己は慌てて二人に駆け寄った。
 一賀の動きは唐突で急激だった。裕紀の腕を掴んで前のめりに引き倒すと肩に足を掛けて無意気に捻り上げた。肘の後ろに膝を当て、本来曲がるはずのない方向に腕を倒す。裕紀の手はいとも簡単に自身の背中を叩いた。
 ――ばかな、そんな簡単に。
 浩己は一賀に掴みかかった。
 ひょいと一賀が身をかわすと、あらぬ方向に曲げられた裕紀の腕がぱたりと身体の上に落ち込んだ。
 ――肩も外れてるのか。
 浩己は一賀を気にしながら裕紀の傍(そば)にしゃがみ込んだ。
 「大丈夫か?」
 「…あ……あ…」
 裕紀の口からは苦痛の呻きが漏れる。
 裕紀自身も何が起こったのが解っていないに違いなかった。
 本当に一瞬のうちに一賀は彼の片腕を潰して見せたのだった。