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毒虫少女さみだれ/私に汚い言葉を言って

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 五月雨がこれまで生きてきた短い人生の中で、まともに言葉を交わせるような人間は一人もいなかった──同じ『毒』を持つはずの祖父ですら、長時間五月雨と会話することを嫌っている。伊皆シノとシアは、そういった意味では得がたい人材ではあった。
 ──まあ、だから友達になりたいとか、そう短絡的でもないのですけど。
 友情に飢えているわけではない。
 ただ──退屈を紛らわすだけの刺激が、欲しいだけだ。
 噛み締めるような思いで認める。こんなつまらないことに思い悩んでいるようでは、言葉に『毒』があろうがなかろうが、きっと友達などできるわけがない。
 信頼や友情とは、言ってみれば妄信的なものだ──常に一方的で、相手の真意は永遠にわからない。伝わったはず、わかってもらえるはずと無条件に思い込むしかない。ときには相手がそう思い込んでいるであろうことをわかった上で、尚その期待通りに行動する必要もある。そういった打算の連続を無意識に行うことが、つまりは円滑な社会生活を営むということだ。
 ──僕は、
 弾かれている。
 社会から──世間から、あらゆる集団から。
 人より劣った毒虫として、省かれている。
 ──僕自身、拒絶しているからなのでしょうけど。
「……何か、おっしゃいましたか?」
「ん……いや、何でもありません。独り言です」
「そうですか……まあ、五月雨さんぐらいのお年頃なら、独り言とかはよくありますよね……。私もたまに……蜜柑汁、裸ワイシャツ、濡れスケ、お姉ちゃん……あ、独り言ですから気になさらず……」
「ごめんねシア、お姉ちゃんその独り言をスルーできない」
「裸ワイシャツの上から蜜柑汁を滴らせて濡れスケ状態のお姉ちゃんを楽しみます……」
「すみません嘘ですスルーさせて下さい!」
 器用に炬燵に潜ったまま平身低頭するシノと、それを見下ろして何やら悦に入った笑みを浮かべるシア。
 間に挟まれて、五月雨はくすりと笑い声を忍ばせた。
 多少にぎやか過ぎる感はあるが、喧噪が嫌いなわけでもない。これが日常化してしまうのは困るが、正月ぐらいは賑やかな方が気も紛れる。芸人達が騒ぐだけの特番を見るともなしに見遣りながら、新たな蜜柑に手を伸ばす。
 無為だが無駄ではない時間を過ごしていると、がちゃりとドアを開ける音が聞こえてきた。首を巡らせて振り返ると、103号室から一人の男が姿を現したところだった──何度か見かけたことはあるものの、まともに言葉を交わしたことはない人物だ。何故かいつも耳栓をしていて、他の部屋の住人達とも交流があるようには見えない。今もこちらが声をかけるより早く台所まで歩いて行き、大家と何事か話し込んでいた。
「あ、103さんですね……珍しい、お見かけするなんて」
「……シアさんの、お知り合いなのですか?」
「いえ……引っ越し挨拶のときに一度だけお会いしたのですが……」
 言って、シアは小さく肩を竦めた。
「……『用事が済んだらさっさとどこかに消えてくれ』的なオーラを感じました……」
「ねー。せっかく引っ越しうどん持って行ったのにさっ」
「……僕が思うに、『どこのうどん県民だよ』という無言の抗議だったのではないでしょうか?」
「だってお蕎麦なかったんだもん。蕎麦もうどんも変わんないって。どっちも長いし!」
「まあ僕的にはうどんの方が好きですけど……というか、引っ越しの挨拶に行ったのに、名前はご存知ないのです?」
 ──103さんって。
 部屋番号をそのまま呼称とする意味がわからない。
 姉妹は二人で顔を見合わせてから、「そういえば」と声を揃えた。妹のシアがぴんと人差し指を立てて続けてくる。
「……名前を聞けなかったのです。表札もありませんでしたし……」
「ちょうど挨拶に行ったときが、仕事に行く時間だったらしくて。名前聞くどころじゃなかったんだよねー」
「……それで、103さんと?」
「そうそう、そういうワケ。他に呼び方ないしさ。大家さんに名前聞いてみたんだけど、全然教えてくんなかったし。さみちゃんの名前はあっさり教えてくれたのにねっ」
「僕のプライバシーはどこに……」
「……スリーサイズも聞いたけど教えてくれませんでしたよ……」
「それ知られてたら僕は真剣に引っ越しを考えます」
 はっきりとした口調で断じて、五月雨は炬燵から抜け出した。途端、突き抜けるような冷気が肌を刺す。もとが安普請のためか、建物内とは思えない程に冷え込んでいた。家賃を考えれば文句を言えるはずもなく、部屋に置いてきたコートを恨めしく思う以外にできることもなかった。
「おや……五月雨さん、どこかに行かれるのです?」
「ええ──ちょっと、近所のお寺に」
 ──初詣に。
 行ってきます──と言い残して。
 五月雨は、久し振りの人間らしい会話に多少の未練を感じながらも、めぞん跡地を後にした。

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