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In der Stadt von einer stillen

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二人は砌を見、そしてお互いを見やった後、黙って部屋から出た。彼らの足音が消えると、砌は苦渋に眉をしかめ、拳を強く握った。
『…わかっただろう。お前一人では何も出来ない。俺達と来い。必ず、お前を…』
『私のことはどうでもいいの!!…約束、したの…彼女の願いだけは、果た、す…――』
砌の言葉を遮って、留衣は声を荒らげたが、体を起こす余力もなく、ただうずくまり、痛みと無念に声を殺して涙を流した。



* * *



「…貴方は誰?どうして私の事を知っているの?」
「え?」
留衣を寝具に促し、その傷の手当てをしていると、しばらくして留衣はそう問うてきた。何故そう聞かれたのか、思い当たる節がなかった俺は軽く答えた。
「…いや、あんたの事は知らないよ。茶毛の女が東国人に拉致されているって噂も少し前に知ったばかりだ」
「嘘。さっき私の名前、呼んだわ」
一瞬思考が停止した。迂闊だった。きっと無意識に呼んだのだろう。自己紹介の機会はなかった。だが、俺は彼女に触れた瞬間から彼女の名前を知っている。
「…あの男が呼んでいた」
「その前だった。それに、砌…あの男の名前も」
鋭い。あの状況でそこまで把握していたとは。どう弁解していいか困っていると、留衣は質問を続けた。
「どうして、…私を助けてくれたの?」
「通りすがりにあんたを見つけて放ってはおけなかった。本当だ。名前の事は…上手く説明は出来ないが…時々、…その、相手の事が解る時があるんだ。名前とか、さっきの…起こったこととか、な」
不振な目で問う留衣に、俺は辻褄が合う程度に言葉を濁した。本当の事を全ては話せないが、特殊な力を持って追われている彼女が、こうして警戒するのもわかるからこそ、正直に打ち明けた。
「そう…」
特に驚く様子もなく、留衣はそっぽを向いてうつむいた。その表情は変わらず翳りを帯びている。あんな事があった後だ、何か思い耽っているのだろう。
俺は周囲の気配を探った。地下には二人の見張りが居る。上階には拉致された女達の気配が4、5つ、更に上には大小含めて一3人。先程相手にした東国人も、潜伏任務にしては数が多い。それほど、彼女を捕らえるのに必死なのだろう。
「…私の事、何も聞かないのね」
黙っている俺を留衣はじっと見ていた。目が合うと、その翡翠の瞳にどうしても目を奪われる。それを悟られないように、俺は何気ないそぶりで聞いた。
「…痛むか?」
的を射ない俺の質問に、留衣は一度瞬きして小さく首を横に振った。平気だ、という意味だろう。見た目よりも怪我が軽いのか、先程よりも楽にしている。
「すぐ治るから、大丈夫」
自嘲めいた言い草だった。それは彼女の力と何か関係があるのだろうか。そう思って先程見た彼女の過去を思い返していると、留衣は縛られた両手をこちらに延ばした。手招きされるまま、そちらに寄ると、そっと首筋に手を添えられる。
「首、さっき切られてた」
最初に砌に剣を当てられた時のことだ。相当苛立っていたのだろう、彼の刃は容赦がなかった。髪で隠していたのに、やはり鋭い。チクリと傷んでいた傷が焼けるように熱くなる。光による治癒を彼女が施しているからだろう。
「……っ!」
「痛い?」
「…大丈夫だ、ありがとう」
チリチリと刺されるような痛みとは裏腹に、次第に傷が塞がっていった。留衣は不思議そうに見ている。治癒の術で痛がる奴はいないからだろう。見返した俺の表情は苦笑いだったに違いないが、礼を言わないわけにはいかなかった。
そんな俺をよそに、留衣は手を添えたまま俺の瞳を下から覗き込んだ。彼女の術で淡く光が俺達を包んでいるものの、暗くてよく見えないのか、翡翠の瞳が思うよりずっと近づいた。俺は虚を突かれ、もうそれだけで隠しようもないほど目が泳いだ。今日は何という日だろうか。彼女と同じ瞳と同じ気配を持った女が、彼女と同じように俺を見てくるのだから。
「…本当に紫なのね。…――綺麗」
「な――…」
――そして、彼女と同じ事を呟いた。
俺は完全に言葉を失った。固まった俺を見て、留衣はまたも不思議そうに首をかしげて幾度か瞬きをした後、くすっと笑って続けた。
「男の人に綺麗だなんて失礼だったかしら?私が探している人も…――あ!」
彼女がそう言いかけた時、鳥の羽音が牢内に響き、留衣が天井を目で追った。俺も遅れてそちらを見る。白い鳩がなだらかに俺達の独房の前に飛んできて、ゆるりと旋回した。同時に扉に掛けられた鍵がいとも簡単に砕ける。
「さすが、早いな」
主に感心して俺は思わずふっと笑みをこぼした。そうしている間にも、入り口の方で何かが倒れる音がし、俺は素早く振り返った。指先で空を切り、漆黒の剣を召喚して構える。助けが来たと知れば、東国人達は真っ先に俺達の所へ来るだろう。シウアはもう彼等に見つかったのだろうか。俺は音がした方を目を細めて凝視して耳を澄ませた。
「おーい、無事かー?」
しかし次に聞こえてきたのは、気の抜けるような暢気な男の声だ。同時に長身の影が入り口に入り込んで来た。聞き慣れた声だったが、期待していた人物とは違う。
「エルファか!?何故お前が…」
「助けに来てやったのに、ご挨拶だな」
「…お前に貸しを作ってもろくなことがないからな」
長身に長い青銀の髪を高く括った男、エルファが、水の力を圧縮した半透明の槍を肩に担いでやってきた。彼は少し前からシウアの所で一緒に暮らしてる水精霊だ。何かと俺につっかかってきて、気に食わない奴だ。
彼は独房の前までくると、面白そうにニヤついている。俺は嫌な予感がした。後で何かと言いがかりをつけて利用されるに決まっている。そう思いながら独房を出ようとしたところをエルファに外側から扉を差し押さえられた。何のつもりだ、と彼を睨むと、更にその口元は緩んだ。
「いい格好だなぁ?お前が人間に捕まったと聞いた時には驚いたが、こんな所にお縄になっているとは。…闇精霊の名が泣…!!?」
「ばっ…!!!」
エルファは俺が必死さながらに隠してきたことを軽々と口走りやがった。慌てて俺は柵越し彼の口を塞いだ。彼は驚いて手を払ったが、もっと驚いていたのは後ろに居た留衣の方だ。
「や、闇精霊って…」
「おっと、お嬢ちゃんも居たのか…」
彼女は驚いたように立ち上がり、暗がりの中で呼吸をするのも忘れて俺を凝視した。無理もない。本来ならば実体を持たない精霊が、軽々しく人前に現れ、人が引き起こす事態に介入しているのだから。
俺は舌打ちしてエルファを睨んだ。彼女の気配は彼が読み取れないほど弱くない。むしろ異様なほど強いくらいだ。エルファは宙に視線を逸らして誤魔化した。俺は大きくため息を吐いて留衣の方へ振り返った。
「…詳しいことは後で説明する。今はここから出るのが先だ」
「あ、貴方の…!」
「……?」
先を急ごうとする俺達を留衣は慌てて引き止めた。その表情は、未だ事実を受け入れきれず、困惑しているようだった。無理もないだろう。
「貴方の、名前は…!?」
だが彼女は何を思ってか、うわずった声でそう問うた。そういえば、一方的に彼女の事ばかり知りながらも、俺は自分の事を何一つ話していなかった。俺は改めて留衣の方へ向き直り、手を差し出した。
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺