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In der Stadt von einer stillen

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2. Das Schicksal - 運命の輪 -


「…あぁ、面倒をかけてすまない。頼む」
薄暗い地下牢。遠くに二人の番人の気配を盗み見ながら、俺は小さくそう呟いて、セラフィナへ飛ばした意識を切り離した。通信相手のシウアの穏やかな気配が途切れ、また湿ったカビ臭い空気に包まれる。
俺は独房に放り込まれていた。留衣は入り口で別の部屋へ連れて行かれた。何事もないといいが…。砌が、あの男が乱暴したりすることは恐らくないだろう。先程の彼の表情を見て俺はそう確信付いていた。…が、現実はそう優しくはないようだ。
「留衣ちゃん…、ねぇ、泣かないで?きっと返してくれる、私からもお願いしておくからさ?」
留衣は泣きながら、短髪で快活な印象の女に肩を担がれてやってきた。その体、特に腕に、先程よりもずっと傷が増えているように見えた。まだ塞がっていない傷から鮮血が滴り落ちていた。
「ごめんね、こんな所じゃなくてちゃんと部屋を用意したかったんだけど。…今はそれも叶わない。みんな王の駒。砌も…随分苦しい想いをして貴女に接してる」
「……。」
女が何を言っても、留衣は声を殺して泣いていた。歯を食いしばって、握り締めた手は血が滲んでいる。女は俺の独房の前まで来ると、扉を開け、奥でベッドに腰をかけていた俺をじっと見た。
「…あんたが噂の。いまいち信用ならないけど…留衣ちゃんを頼んだよ」
「どういう意味だ?」
「見張りに任せるより安全ってこと」
そう言って女は腰に隠し持っていた布袋を俺に投げた。ぶつかり合う小瓶の音がする。おそらく傷薬だ。女を少し驚いたように留衣は見返す。女は黙って頷いた。
「ごめんね、何も出来なくて…」
女は留衣を牢の中に促した。留衣は柵を手すりにし、黙ってゆっくりと中に入る。
そんな留衣の様子をもう一度見返しながら、女が再び牢の鍵を閉めて立ち去った。女の足音が遠くに消えると、留衣は力なくその場に座り込んだ。
「…何があった?」
「……。」
首を横に振って泣くばかりで、彼女は何も答えなかった。先程まであんなに気丈だった彼女が、まさに絶望に打ちひしがれていた。余程のことがあったのだろう。
俺は立ち上がり、彼女のそばに寄ってまずは横になるよう促した。傷の手当ては受けていない。俺に薬を手渡したということは、それをしてやりたくても出来なかったのだろう。彼女が罪人扱いを受けているのと関係があるようだ。
俺が近づくと彼女は濡れたその翡翠の瞳で懇願した。
「お願い…、助けて…あれがないと、西に来た意味がなくなってしまう」
小さく震えた声で留衣は俺に泣きすがる。彼女が俺の腕に触れた瞬間、またしても映像が乱雑によぎる。彼女の想いが強すぎて軽く眩暈がした。同時に怒りが込み上げてくる。彼女がされたことの一部始終が見えた。
「あいつ…!」
舌打ちした俺を留衣は怪訝そうに見上げたが、俺は構わず続けた。留衣の表情は驚きに変わる。
「心配するな、必ず取り返す。白い鳩が来たら、脱出の合図だ」



* * *



『入れ』
そう言い切られる前に留衣は背中を押され、強引に部屋の中に押し込まれた。部屋に窓はなく、目の前には埃っぽいふたつの椅子とテーブル。壁にはびっしりと呪詛が書かれていた。恐らく魔術封じだろう。明かりは扉付近の燭台のみで、それのせいもあって不気味に見えた。
外で砌と見張りの話し声がした後、砌だけが中に入り、すぐに外側から鍵がかけられる音が響いた。
『…すまなかった…。俺達はお互いを監視し合っている。そういう命令の中で動いている。幸い、指揮官として命じられたのは俺だが、あいつらの前では、お前にあぁ接するしかなかった』
背を向けたまま、うつむいて立っている留衣を砌が後ろから抱き締めた。何か思い詰めるように、強く、目を閉じて。先程の威圧的な行為とは見違えるほど、穏やかな物言いだった。留衣は何も答えず、微動だにしない。沈黙が続く。
『…何故逃げた?お前が王との誓約を破って…東はお前の捜索で持ちきりだ。何故俺達の元を離れた?』
『……。』
『俺達ではなく、他の王の遣いに先に捕まっていたら、お前は確実に殺されていた…!』
『…誓約の内容は、私が“死ぬ”ことだった。…変わらないわ、何も』
やっと口を開いた留衣の言葉は、とても冷めていて、砌は一瞬言葉を飲んだ。彼女の瞳に光はない。見なくてもわかる。
『…お前はそれに同意した。だが逃げた。それもこの敵対国の西国に。王はお前が何を企んでいるか目論み、次は反逆罪を科せるだろう』
『…そうね』
『…何故だ!?何を考えている!?お前自身がそうやって自分の立場を陥れ続けていたら、俺達は…、俺は…本当にお前を助けられなくなってしまう』
『……。』
砌の切なる声だけが反響した。その手に力が入る。留衣はゆっくりと瞬きをして、地を眺めるだけだった。そこには希望も絶望もなく、ただ虚無が広がっていた。
『…俺は、お前を助けたい。その力の呪縛から、東国王の暴挙から、…あの男の支配から』
『…いいの、私のことは、もう…。私は、何からも逃げられないわ。この力からも、王からも、あの人からも』
『留衣…』
砌はそれ以上何も言えずにいた。彼女にとってこれ程までに非情な現実を目の前にして尚、留衣は静かに言葉を呟いた。
『最期に…、最期にやらなければならないことがあるの。だからお願い、一日でいい。時間を頂戴』
『……。それは、これと何か関係があるんだな?』
そう言って砌は、いつの間にか留衣のポケットから奪ったネックレスを彼女の目の前にかざした。留衣はハッとして取り返そうと、拘束された両手を振るが、難なく交わされる。
『返して!!それがないと、ここまで来た意味がなくなってしまう…!』
『駄目だ、これ以上お前に西国をうろつかれるわけにはいかない、危険すぎる。尋ね人なら俺が探す。お前の安全が先だ』
『…貴方じゃ無理よ。彼女も見えなかった貴方に、精霊探しなんて出来ない…!』
そう言って留衣は砌をきつく睨んだ。刹那、部屋全体に光の魔術印が展開される。だが、部屋に張り巡らされた呪術と相殺し、激しく火花が部屋中に飛び散る。印を増幅する留衣の手、腕に次々と切り傷が出来ていった。術が反射する場合、術者に激しく負担がかかる。
『やめろ!!いくらお前でも、その体で振りきれる代物じゃない!!』
砌がすぐに止めようと留衣に近づくが、同じように伸ばした手を術に切り刻まれた。壁に書き込まれた呪術印が炎のように光を発して消えかけている。部屋は次第に光で溢れかえった。
『留衣…!!』
『隊長、これは!!?…貴様!!!』
砌の叫び声に異変を感じて入ってきた見張り二人が、砌の怪我を見て彼女を反逆と見なす。術を振り切り、容赦なく傷の塞がっていない脇腹に蹴りを入れた。
『あぅっ、ぐ…っ!!』
『この女…!!』
『止せ!!』
壁に打ち付けらた留衣は、痛みと衝撃に耐えられず、すぐに崩れ落ち、うずくまった。もう一人が更に蹴り込もうとしたところを砌が声を荒らげて静止した。見張りは不審な目を彼に向けたが、砌は構わず続けた。
『…極力、生け捕りにしろとの命令だ。どのみちもう動けない。儚を呼んで来い。牢に入れさせる。明日にはここを出る、お前達も準備しろ』
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺