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In der Stadt von einer stillen

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 彼女がそれを悟った瞬間、光とも闇ともつかない淡いオーラが俺達を包んだ。この感覚、忘れようにも忘れられない。体も意識も透過して、無になるような。実際に成功したのは一度だけ。


 二度目は成功せず、
 俺は…、

 彼女を――失ったのだから…。
 ブロンドの髪に翡翠の瞳、――翡翠の…。


「……レア…」
「…え?」
 屈託の無い翡翠の瞳がこちらを見上げた。心臓がはね上がる。目を見開き、息を飲んだ。目の前の光に自分の感性全てが共鳴する。幾度となく夢に見た。今にも彼女は複雑な色に紛れて消えてなくなるだろう。
 鼓動が速くなる。
 失いたくない。
 胸が張り裂けそうだ。
 彼女を殺したのは俺だ。
 何の罪もない彼女を最期まで苦しめ、――殺した。俺さえ居なければ、彼女は…。
「…泣いて、いるの…?」
 いつの間にか歯をくいしばった俺の頬に、冷たい女の指が触れた。変わらず翡翠色がこちらを伺っていた。…これは、幻だろうか。せめてもう一度、彼女に触れたい。彼女が生きている内に、こうしていられる内に、もう一度―――…、
「そこまでだ」
「――!?」
 低い男の声で俺は正気に戻った。首に一筋の冷たい刃の感触。周囲には東国人の気配がざっと一0は居る。逃げ道という逃げ道が塞がれていた。目の前には翡翠の瞳の、留衣の顔が、唇が、今にも触れそうだった。後ろに立つ男の殺気といい、自分の身に何が起こったのか、そして何をしようとしていたのか、自分の落ち度に心の中で大きく溜め息をついた。
「その女から離れろ。さもないと首が飛ぶぞ」
 威嚇の込もった声。思わず笑いが込み上げた。気配にも気付かないほど放心していた。全くもって失態だった。いや、きっとこのまま事が運んでいれば、得てして“融合”は上手くいっていただろう。
「何がおかしい?」
「…いや、感謝するよ。危うく初対面の女に手を出すところだった」
「…何?」
 刀が更に強く首に当てられたが、俺は構わず男の方を振り返った。短髪の黒髪、漆黒の瞳の男は、訝しげに眉を顰める。俺は向けられたその刀に静かに触れた。そして次には金属がこすれて激しくぶつかり合う音がその場に響いた。
「剣なんて何処に…!?」
 俺は握り締めた細い刃の黒剣で、向けられた刀を一気に弾いた。周囲に居た東国人が気後れして刀を構える。彼らにはいきなり剣が現れたように見えただろう。錯覚ではない。現に無から剣を成形したのだから。不意を突かれて体制を崩した男の懐にすかさず踏み込む。剣を逆手に持ち変え、柄の先を容赦なくみぞおちに叩き込んだ。
「――速…っ…!!」
「…ちっ」
 一瞬遅れながらも、寸での所で男の手がそれを受け止めた。素早く左から蹴りが入るが、腰を低く落として男の右足に向かって剣を凪ぐ。が、これも予測の範疇だろう。男は軽々と跳び、次の一撃が頭上から降る。それを見るまでもなく、後ろに飛び退いた。次の一撃がくる前にもう一度、剣を構えて懐に踏み込んだ。そしてわざと大きく剣を二度振るい、刃を交えては男を後退させ、その内に後ろに居た留衣の手を掴んで、来た道とは別の比較的広い道へと走り出した。
「走れるか?」
「え、えぇ…!」
 彼女の体が毒に犯され、体力がそう残っていないのは承知だが、彼女を抱えてこの人数を相手にするのは無理があった。シウアには精霊であることを無闇に公にするなと何度も言い付けられているし、更には人に危害を加えるなときたもんだ。戦う事しか能の無い闇精霊には無理難題だ。お陰で派手な魔術は使えないし、接近戦で地道に切り抜けるしかない。そうこうしている間に分散していた他の連中もこちらに向かって斬り込んで来る。
「飛ばすぞ!!」
 東国人の剣が振り下ろされる瞬間だけ、彼女を抱えて加速し、すり抜けるように交わした。4、5人を軽くやり過ごし、敵陣は突破したが、逃げているだけでは追っ手が増えるばかりだ。留衣の気配で追われている以上、もう一度共鳴するか、悟られないほど遠くに逃げなければ埒が開かない。どうにかその隙を作らなければ。
「男の生死は構わん、追え!!」
 先程の男が指揮をとる。留衣の過去の中で、この男には見覚えがあった。ほんの少し剣を交えただけで相当な剣術の腕前だと実感した。戦い慣れているし、攻めに迷いがない。この男さえ仕留められれば、後は容易いだろう。
 大通りに抜ける道が見えてきた所で、俺は彼女の手を引き、走りながら印を組んだ。
「天満つるは暗膽が闇。汝が知るは永劫の報い…!!ハルツァ・リィダ・ロゥ!!」
 印の完成と共に、留衣を後ろ手に振り返り、左手に集まる力を解放するが如く、地に叩き付けた。刹那、いくつもの闇の螺旋が地を走り、東国人を目掛ける。
「う、うわぁああっ!!」
「ま、魔術だ…!!」
 ほとばしる闇は逃げ惑う東国人全員を捕らえて締め上げた。彼等は悲鳴を上げてもがいたが、魔術に耐性が無い人間に、そうそう破られるものではない。
「朝には術が解ける。それまでそこで大人しくしていてくれ」
 各々に喚く東国人を他所に、俺は留衣の手を再びとって走り出した。すぐそこには大通りへの道が見えている。多少人目につく場所なら、後はもう大丈夫だろう。大通りに出る前に俺は黒のコートを脱ぎ、留衣に羽織らせた。服の血痕が目立つ。街の人間に不信に思われても厄介だ。
「どうした?」
 留衣は羽織らせたコートをきつく握りしめ、うつむいた。その手が震えている。傷が痛むのかと手を差しのべた刹那、
「留衣!!?」
「……ぅ、あっ!」
 彼女は歯をくいしばったかと思うと、そのまま膝を着いてうずくまった。反射的にその顔を覗き込み、軽く肩に手を添えると結界のようなヴィジョンが見えた。それが彼女をこの空間から出る事を阻んでいる。
「やせ我慢はその辺にしておけ。お前は完全に包囲されている」
「…砌」
 思わず奴の名が口出た。他の東国人が闇に捕らわれて居る中、その男、砌だけが刀を手にしながらゆるりとこちらに向かって歩いてきた。その左手に、魔術とは別の気配が微かに残っている。
「呪術か…」
「生憎、俺も闇使いなんだ。その手の魔術は効かないぜ?」
 砌はニヤリと卑屈に口の端を上げた。流石、どこまでも食い付いてくる気だ。最悪、強行突破に出ても良かったが、留衣が動けない以上、手の出しようがない。結界は複雑な印をしていて、俺に解けるような仕組みではないようだ。手間取りたくはなかったが…、仕方がない。
「どうすればこの結界は解ける?」
「ほう、その女に掛けられた術が解るのか。だが残念だ。この中の誰も解く方法は知らない。王が呪術師と魔術師を総出で作らせたものだ。俺達と同行する以外に選択肢はない」
 砌は我が物顔だった。もう捕らえたも同然と思っているのだろう。隣で留衣がこちらを見、何か訴えたそうにしていた。俺は彼女を一瞥して男に言う。
「…少し時間をくれ。彼女と話したい」
「フン、優男が、ほだされたか。その女に関わらない方が良い。そいつは東国で死刑執行を言い渡された罪人だ。関われば王に打ち首にされるぞ」
「…彼女が何をした?」
 砌は苛立ったように眉を潜めた。俺がそう言い切ったからだろう。彼を見据えながら剣を鳴らした俺に、留衣は苦しげに訴える。
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺