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In der Stadt von einer stillen

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3.

 薄暗い街道を早足に歩く。宿から右手に何軒もの小さな商店を越えた後、細い路地に入り人目がない事を確認し、一気に加速した。先程微かに感じた小さな気配が、チリチリと脳裏に反応する。今にも消えてしまいそうなそれが、自分でも不思議なほど気掛かりで仕方なかった。
 少しずつ近づく。その度に鼓動が速くなるようだった。何故だろうか、この感じ…。
「……。」
 狭い路地を抜けた先、建物と建物の間に小さく狭い中庭があった。灯りも何もなく、月明かりだけが静かに刺している。
「…光?」
 向かいの建物の壁にもたれる様にして、何かが横たわっていた。気配から、それが光精霊の様にも思えたが、それにしては少し異質だった。
「…人間の…女?」
 容姿までは解らなかったが、影の細さから男じゃないのは確かだった。自分が特段、夜目が利くからこそ辛うじて認識出来たようなもので、人間ならばそこに人がいるのも気付かないだろう。
 俺はそれが光精霊ではないと知って警戒を解いた。こちらに敵意がなくても、光精霊の大半は闇を殲滅せんと問答無用で斬りかかってくるからだ。もっとも、闇精霊とて同じこと。俺も、かつてはそうだった。そして――…。
「おい、大丈夫か…?」
 流石にこのままにしておくわけにもいかない。俺は女に近づき、膝をついて声をかけた。それで気がつくようならこんなところに倒れてもいないだろう、微動だにしない。仕方なくこの女に何が起こったのか確かめるべく、その肩に触れた刹那――、
「―――…っ!!?」
 火花のような光と痛みを伴って、断片的に映像が流れ込んできた。あまりにも情報量が多く乱雑で、正確に把握出来なかったが、レティカが話していた東国人達の目的がこの女であること、西国に入る直前にその刺客に襲われ怪我を負った挙げ句、毒矢に当てられてここで力尽きたこと。彼女の名前はルイ。東国の字で留衣と書くようだ。それから――…、女神、名も無き塔、末宵、魔物の子、フォーカード。…フォーカード?何処かで聞いた名だ。それに――…。駄目だ、これ以上見ていられない。この女の過去を見れば見るほど胸が苦しくなった。厭に鼓動が速くなる。何故だ?すべて知らない事のハズなのに、もっと先の過去に、何かが見えそうだった。だが、いくらその先を見ようとしても、ノイズが混じって何も見えない。掴めないもどかしさに思わず手に力が入った、その刹那――、
「……っ!!」
 目の前を刃が過った。短刀だ。間一髪でそれを避ける事は出来た。剣が抜刀される音に気付いたからだ。しかし、間を置かずに第二陣が来る。
「おい待て…!!俺は…っ!」
 話を聞く気は毛頭ないらしい。容赦ない斬り込みに、俺はすかさず飛び退く。先程まで気を失っていた女が、短刀を握りしめていたなど気付きもしなかった。
「まだ捕まる訳にはいかないの、まだ…!!」
 深みのある声が凛と響き、女の眼が月明かりで照らされて険しく光った。それは翡翠に揺れて素早く近づいてきた。思わず息を飲む。その色に見覚えがあった。
 一気に懐に踏み込んで来る殺気に、俺はすぐに意識を目の前の女の一手に戻した。どうやら俺を東国人と勘違いしているようだ。これだけ暗ければ、流石にこのダークバイオレットの髪も眼も、黒に見えてもしょうがない。
 だがこの女、本来ならばこんなに動ける程の体力は残っていなかったはず。それに…。
「よせ!お前、あいつ等に…くっ!」
 女の攻撃は言葉を放つ隙も与えない。だがこの暗闇の中、正確に見えているわけじゃないようだ。先鋭な斬り込みではあるが、的確ではない。多分、自分でもそれがわかっているのだろう。斬り込んだ後の隙を作らないように素早く立ち回っているようだった。だが、
「―――はっ!?」
 女のスピードを軽々と上回って俺は背後につき、一呼吸遅れて振るわれたその腕を掴んだ。女は力の限り逃れようと腕を引き、もう一方の拳を振り上げたが、それも難なく受け止めた。諦めたのか、次の手を考えているのか、女は頭を垂れて大人しくなったが、すぐに光の力がその体から急速に沸き上がってくるのを感じた。
「魔術…!?」
 彼女の足元に印が展開される。流石の俺も思わず後ずさった。呪術を扱うはず東国人が魔術を、しかも言霊使わずに光を扱うものだから目を疑った。無音の詠唱。主であるシウア以外にそれが出来る人間を初めて見た。一呼吸反応の遅れた俺をその翡翠の瞳は険しく睨んだ。が、しかしすぐにそれも緩んだ。
「――東国人、じゃない…!?」
「…誤解が解けたようだな」
 足元で光る魔術印が俺達を照らした。女は目を見張って俺の顔を凝視する。俺もその翡翠の瞳を眩しげに見ていたと思う。顔立ちは違うが、この瞳の色といい、光の気配といい、…これは、偶然だろうか。
「…紫――…」
「おい!」
 小さく呟いて、女はガクッと膝を落とした。短刀が派手な音を立て、地面の上を何度か跳ねては落ちた。それと共に、一度展開された魔術印が消え去る。俺は慌てて掴んでいた女の手を離し、こちらに倒れ込んできたその体を抱えた。また過去の映像が痛みとともにちらついていたが、今はそれに意識を向けている場合じゃない。
「お前、あいつ等の毒にやられたんだろう?傷が深い。あまり動くな」
 一気に動いてまた全身に毒が回ったのだろう。留衣は苦し気に顔を歪めながら浅く息を吐いた。よく見ればあちこち傷だらけで、服が血で汚れていた。
「…貴方は?…どうして…、それを…」
 先程の気丈な姿勢とは裏腹に、女は小さく呟いた。その顔は疲労と衰弱に翳っていた。東から長いこと逃げ回って来たのだろう。
「俺はただの通りすがりだ。行く宛が無いんだろう?知り合いに宿屋の女が居る。匿って貰った方がいい」
 また厄介事を店に持ち込む気?とレティカの怒声が聞こえてきそうだったが、俺がこの人間界で出来るのはそれぐらいだった。闇精霊の俺には、治癒をしてやる手段もない。女はそう聞いて安堵したように呼吸を落ち着かせたが、小さく首を横に降った。
「…足が着くわ。奴等は、私の力の気配を追ってる…」
 光精霊にも似た、その気配の事だろう。彼女は光属性の血筋なのだろうか。人は生まれつき家系に属性を持つようだが、人間と精霊の共存が途絶えた今、それも人の間では言い伝えられなくなった。彼女の気配は強すぎる。そして異質だ。東国人故だろうか。だが、その光の気配を辿って追われているというのなら、手立てはある。
「悪いな」
「…え?」
 俺は留衣の体をそっと抱き締めた。彼女は一瞬体を緊張させ、驚いたように俺を見上げた。見知らぬ男にいきなりこんな事をされたら無理もない反応だ。だが、迷ってる暇は無かった。先程の魔術で彼女の強く力が解放され、勘づいた東国人の気配が近くに迫っている。
「俺の力に同調しろ。上手くいけばお前の気配を消せるかもしれない」
 早口でそう言いながら目を閉じ、彼女の気配に集中した。自分の力と反発するように、まぶたの奥が光で満たされた。凄く眩しい。これが、彼女の力。よく理解していないようだったが、留衣も同じようにした。そしてすぐに驚いたように呟いた。
「闇――…」
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺