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覇剣~裏柳生の太刀~

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どうしてこうなったのだろうか?
小高い丘の上でそう考えていた。小高い丘で初夏の風を頬に受けて、そう、ぼんやりと立っていた。
時間の感覚が麻痺していた、自分の五官が麻痺していた、自分の心が麻痺していた。
風を感じる感覚は微かにはある。

すねまで生えている緑の草がそよめいていた。
音がした、どさっと、音がした、肉が地面に当たる音、音がした。
その若者「剣 剣士(つるぎ けんし)」の一番知っている男の音が。

「強くなった」そう言われた。
強くなった?強くなった!何なんだ、その言葉は。
何なんだ、それは?言葉ではなかったのかもしれない。
幻聴だったのかもしれない。
1秒間の何万分の1の時間を旅していたような感覚が残っていた。
もしも、こうしていたら?
 真剣勝負は時間を戻すことは出来ない。
真剣勝負は勝敗イコール、生か死しかない。
風が強くなった。
風が剣 剣士を素通りする。
草木の匂いがする。
草木の精気の匂いがする。
そして、生なましい血の匂いがした。
ほんの数分前、ここに男が二人立っていた。
一人は若者、歳はちょうど18になったばかりの若者、今も立っている男。

 そして、もう1人立っていたはずの男は老人だった。
年は70歳になったばかり。
名は早乙女 強(さおとめ つよし)と言った。
剣の道を究めた男だ。龍剣と呼ばれていた男だ。
昔、新影柳生流剣術の継承試合で戦った男だ。
敗れたものは、早乙女流と改めねばならない。
敗れたものは、裏柳生の剣で生きなければならない。
世界第二位では、継承戦で破れれば、新影柳生流剣術の使い手は、柳生の庄にはいられない。
裏柳生、正式名「早乙女流剣術」は弟子を取ってはならない。
自分の代で、その剣術を終わらせなければならない。
龍の口に太刀が喰われたのだ。
竜神に己の剣術を喰われたのだ。
白い龍に正宗が喰われたのだ。
白い龍に負ける。
もしもは考えてはいけない試合、あの時こうすれば、と思ってはいけない死合い、白い龍「白龍」に負け、正宗の太刀が封印された。
「白龍」に負け新影柳生流剣術を名乗ることが封印された。
それから太刀は変わった。
正宗は封印され、裏柳生が使用できる太刀に変えられた。
その太刀で早乙女流剣術を磨いた。
その太刀で、他流試合をしてきた。
他流試合では無敗だった。
「龍剣(りゅうけん)」だからそう言われた。
だから、自分だけの剣道にのめり込んだ。
だからこの日まで、自分の信じる道を龍剣は歩んできたのだ。
自分の技を、自分の剣道を、自分の・・・
最後まで世界最強の剣士でありたいと。
作品名:覇剣~裏柳生の太刀~ 作家名:如月ナツ