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充溢 第一部 第十三話

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第13話・6/6


 葬儀は村の鄙びた教会で執り行われた。
 鎧張りの壁は黒く、蔦が絡まり、結婚式より葬式に向いている気配が漂う。
 村の神父は仰々しく説教を続ける。修道院の建物と鐘を守り続けた事に対する賛辞だ。陰鬱な声の調子だのに、最後までしっかり話を聞き続ける事が出来たのは、老夫婦の良い記憶をそのままの形で砂糖漬けにできたからだろう。


 二つの棺桶は一族の男手によって運ばれた。葬列の極まるところは決まっている。彼らの親も眠り、彼らの子もやがて眠る事になる――運命の土地だ。
 そこは丘の上から海側へ一段下りた空の広い墓地だ。墓地はとかく陰鬱な場所に作られがちだが、ここは、ここを拓いた人々の良心と死生観を伺わせる一等地である。

 老人の孫に挨拶をする。垢抜けた青年だ。
 彼の持っているのは、幼きポーシャとの楽しい記憶だ。なので、成人したポーシャ像をでっち上げて、彼に伝える。結婚していて、自由が利かないから、私が代わりに来たというようなことも加えて。
「さぞ、お美しいでしょうね。
 実は、お恥ずかしながら、初恋の相手が彼女でして……」
 遠くを眺める。ポーシャは気づいていたのだろうか――胸が締め付けられる。何度も恋をしただろうに。
 感慨に耽る暇もなく、次いで、父親を紹介され挨拶を交わす。

 父親の顔は何処かで見た気がする。丸く肥った腹が印象的だ。
 普段は常に朗らかな顔をしているのだろう、目尻と口元の皺がそれまでの日々の多幸感を覗かせる。
 顔の印象を手探りで探す。そうか、以前出かけたレストランのオーナーか。
 店を出る前に一度挨拶に来たのを思い出した。その時、彼は妙な顔をしていたのは、行儀の悪い子供に愛想を振りまいたからではなく、ポーシャの顔に見覚えがあるからだったのか。ポーシャは最初から気付いていたに違いない。
 彼女の張った伏線を回収できて、胃の中はすっきりしたが、喜んだ顔も見せられない。先日の無礼を改めて詫び、あの子供は彼の知るポーシャの姪であると伝える。彼の表情は一段と穏やかになり、よかったら、また来て欲しいと招かれた。
「こんなに大勢の人が集まって――これほどまでに愛されたのですから、神の目も明るいことでしょう」
 お悔やみの言葉を改めて差し出すと、男の目が涙にふくれるのが見える。
「自慢の父でした。こんな事にならなければ……」
 普段から笑顔を絶やさない人間が、逆の感情に落ち込むと、その表情は複雑になる――その悲しみをより一層深く体現した。

 人混みは狭い墓地からこぼれ落ちそうだった。早めに立ち去らなければと、屋敷の方へ上がっていく。
 ネリッサと合流し、彼らの土地を見渡す。
「時々お墓参りに来ましょうね。ポーシャと一緒に」
 ネリッサが微笑み返す。

 立ち去ろうとした間際、丘で出逢った道化師を視界の外れで見つけ、二度見する。
 葬式に似つかわしい格好をしているので、人に紛れた彼を今まで見いだすことが出来なかった。
 先の父親と話をしている。熱心な様子だ――視線が合った。
「スィーナー様、行きましょう」
 男の目線に射すくめられて動けなかった。手を引かれて気付く。驚く。
 謎の爪に鷲づかみにされたまま元修道院――跡を後にした。
作品名:充溢 第一部 第十三話 作家名: