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充溢 第一部 第十三話

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第13話・5/6


 後日再び丘に登る。葬儀は村で行われる。鐘楼を横目に坂を下る。
 二人になって悩んだのは、普通の女の子はこんな時、どんな会話をするのだろうかという事だ。ポーシャの"過去がない"発言から察して、ネリッサも自分と同じ悩みを持っているだろうと、密かに親近感を持っていた。
 意外なこと、と言えば失礼だが、屋敷の従者の話や街の噂、美味しい店や街で見つけた可愛いものの話など、"普通の人が楽しそうにする何気ない話題"を存分に披露していたので、みるみるうちに悄然とした。
 こんな機会なのだから、普段聞けそうにない事を聞き出せば良いというのに、会話に付いていくのに必死で、その内容さえ考える事が出来ない。
 ようやく聞き出せたのは、ポーシャの所に仕え始めたのが、三年と少し前だと言う事だった。
 今は亡き丘の老人が十年前の話をしていたのだから、それほど長くはないのは分かっていた。ただ、想定以上に短い事に驚いた。
「実は私――それ以前の記憶が全くないんですよ」
 話を聞くと、俗に言う記憶喪失ではなさそうだ。生活史の喪失ではなく、意識がない時期が長く続いたようだという話だ。
 目覚める前、ぼんやりした中で過ごした時期があったようだが、それは何年とも何日とも知れぬほどの曖昧さで、途切れがちだ。ただ、ポーシャとその従者の顔ばかりは憶えていたと言う。
「自分が何者だったか、気になったりしませんか?」
 言ってはみたものの、出過ぎた質問だと気付いて、ネリッサの顔を覗う。しかし、彼女は、質問を考える仕草をして、表情は曇らない。
「やっぱり、気にするようなものでしょうか?」
 "気にしなければならない"と勝手に決めつけていた事に気付く。それを気にするのは、自分が記憶を持っているからそう考えるのだ。最初から持っていないのだと言う人には、意味のない質問。"知らなければ欲しがらない"と言う事か。
 そこまで考えながらも、自分のルーツが気にならないというのも、想像できない事だった。
「記憶と言ったら、過去じゃないですか。それがなかったら、不安になってしまいませんか?」
 ネリッサは長い人差し指を下唇に当て考える。その表情をみると、やきもきはしない。
「半年前の献立が思い出せなくても、気にならないじゃないですか。きっと、そんな事じゃないでしょうか」
 平然と言ってのける彼女に悪意は見えない。そうか、その程度のものなのか。感服するしかなかった。
 どの記憶が歴史で、どの記憶は情報なのかという事を分類しないことには、ちゃんと議論することが出来ない。次の一言で、これ以上の話を諦めた。
「こういうのはどうでしょう? スィーナー様は、赤ちゃんの頃の記憶がなくて悲しいと考えた事がありますか?」

 自分には、断片的な記憶はある。陽の当たる木の床の上で、おもちゃに囲まれて眺めた雲の形を――意識を取り戻す直前の彼女と同じか。

 今日も剣を携行している。剣術の腕について、尋ねておこうと心に決めていたのに、このままの気分では、切りだすのは到底無理であった。
「でも、考えると凄いですよ。たった三年でこんなに色々出来るなんて」
「そんな事はないですよ。私なんて、ポーシャ様の足を引っ張ってばかりで……」
 ポーシャがこの件をフォローしない筈などないし、私が気にするなと言っても限界はある。
「気にしていらっしゃいます?」
「気にしますね――きっと忘れないことでしょう。
 でも、ポーシャ様が言って下さったんです。
 人は辛い歴史をなかったことにしたがるが、それは自分の存在を喜んで捨てるものだと」
 張りのある声に戻る。
 自分の歴史を喜んで捨てる者は、そこで立ち止まって先に進む事をやめた人間だ。存在するとは、先へ先へと歩む事だ。足を必死に動かしているように見せて、しっかりと碇を下ろしている人間が如何に多い事か。
作品名:充溢 第一部 第十三話 作家名: