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充溢 第一部 第十三話

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第13話・2/6


 自分が言い及んだ事について、違和感を覚えた。観察されてこそ、関わり合いを持つからこそ人間は、人間ではないのか? 隔離された一個の人間は人間たるか?
「難しい顔しておるな」
 気をわずかに取り戻したポーシャが察する。
「ああ、ご免なさい。人って、ただ一人だけでいるとき、人間なのでしょうか?
 誰かから観察されないと、本当に人は存在しないことになるのかなと考えまして」
 それを聞くと、同調して難しい顔をする。
「厄介な事を考える娘だねぇ。
 そもそも、存在って何だろうなぁ。これは面倒くさい話だぞ。
 もし、お前が天涯孤独になったあの日、お前は森で道に迷ったとしよう。数日間さまよい歩くうちに、力尽き倒れ、朽ち果て、仕舞いに土砂崩れに遭って、お前が道に迷った痕跡さえ失われてしまった。お前を探す者もいない。偶然掘り返す者もいない。そうした時、お前は、あの日から先、この世に存在しなかった事と、同じであると言えないだろうか?
 こういう話に、その視点が正しいかどうかはともかく――客観的に見ればそれも同じだろう。少なくとも、お前がその数日間の間に何か素晴らしい事を考えていたとしても、世界にとっては何の影響も及ぼさない。
 実際の世界は、無人島や樹海みたいなものだな。往来で叫んでも、ただ何でもない人で終わることが殆どだ。平凡の海の中に希釈される――死後の事は分からぬからな。天国なんてものが怪しくなってくると、特にそうだ。
 それが怖いから、必死に人の記憶に残ろうとする。何か形あるものを残そうとする。何か特別なものになりたがる」
 その苦しさを知ってしまうのと知らずに過ごすのとの違いは大きいけれど、今や知らなくてもそれに突き動かされる人ばかりだ。無闇矢鱈にそれを叫ぶ本や歌が人を絆すからだ。
「だがな……そんな事にどれほどの意味があるかね? 人の記憶や作品で言う所の作者は、本当の作者そのものではない。歴史書に残る名前も、言ってみれば行ったこととその名前だけではないか。
 人間の理解というのは、都合のために成される。だから、お前が何か偉い人間になったとしても、出来事を借りただけの偶像が扱われるに過ぎない。それは、もはやお前自身ではない」
「だから虚しい?」
 全てはここに行き着いてしまう。しかし、そんなことが"意味のある考え"だろうか。とかく、この無意味から逃げる為に言葉が存在する。正面からの対決を、そこいらの大人の姿を通して見た事がない。"自分はその程度の存在だ"と言う言葉は、その虚しさを克服しているのではなくて、その価値の中に没入しただけの事なのだ。
「虚しいね。意味なんてこれっぽっちもないだろう。世界は、お前や私と無関係に存在するんじゃないかな?
 第一、永遠なものなんてないだろ? 星の世の時の流れにすれば、多少長く歴史に残ったとしても、作品が大切にされたとしても……それは一瞬であることには変りない。せいぜい、他人と比較して、自分のほうが有名だとか、金持ちだとか、幸せだとか言って、他人と比べて自分を慰める程度にしか役に立っていない。
 他人と比べたがるのは、結局、世界と自分を比較する意気地のないからそうするだけだ。
 虚しさのあまり自暴自棄になるよりは有益な生き方かも知れんがな」
 しかし、それでは目立ちたがり屋の金持ちが余程人間らしい人間と言う事になる。その結論を腑に落とすのは難しそうだ。
「有益に意味はありますか?」
「ないな。それも含めて全部無意味だな」
 愉快そうな目をして、こちらを睨み、彼女は笑った。次いでこう付け加える。
「だが――お前は、それでも考えることを止めないだろう。絵描きが死ぬまで描くのを止めないようにな」
「はい!」
 心が一つ明るみに出た。
「何処かの画家の話だ。彼は死ぬ間際まで創作に没頭した。それは小屋の壁全てをキャンバスにした作品でな、それが完成すると彼は間もなく死んだ。遺言には誰にも見せずに小屋を焼き払えとあった――必要な事はそういう事だ。
 儂はあの夫婦の話が好きだった。様々な物を与えてくれる。あの二人は、ただ生きているだけの無駄な人間ではなかった。長生きしなければならなかった。
 儂は、あの二人が生きていく事を前提にして、可愛い子供でいたかったのだ。死んでしまっては何にもならないのにな」
 何と言ってやればいいか分からなくなった。
「儂にはお前も居るし、ネリッサも他の従者もいる。大丈夫だ。それにあの二人の事は忘れまい」
 ポーシャはカップを抱えるようにして、口内を湿らす。自分もそれに倣って、二人見つめ合いながら、静かにお茶を楽しんだ。


「男共を幾らかでも手元に残していれば、足ぐらいは掴めただろう。人員配置に隙を作るとは、儂もまだまだガキだな」
 思沈する。
「スィーナー。笑うところだぞ」
 軽い調子の言葉に虚を突かれた。
「ガキが自分をまだまだガキだと言ったのだぞ、路地裏の子供が得意げに言ったら笑うだろ?」
 胸を張るところを見て叫ぶ。
「やめてください!」
 必至な顔でポーシャの顔に食い入る。
 さぁ――ポーシャ、生唾を飲み込むがいい――よし。
「その『この話は、何処が面白いのかというと』なんて話、笑うに笑えませんよ!」
 ポーシャは満足そうだ。
「明日は丘に登ろう。弔いは早いほうがいいだろ」
「そうですね。行きましょう!
 でも、少し惜しかったですね。あんなにもポーシャが饒舌になったのだから、隙を逃さずもっと口を割らせればよかったのに」
 やってしまったと言う顔をした直後、更に上に乗っかるように言う。
「お前に隙があるから安心してほのめかしが出来るんだよ」


 その日はずっと二人でいた。黄昏時、ネリッサが顔を出したが、この晩も泊めることにした。
 布団は二倍の温もりに膨らんだ。
作品名:充溢 第一部 第十三話 作家名: