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王の光

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4.軍という場所


「入るわよ」
 声の直後、ノックもなく部屋のドアが横にスライドして開いた。ルークの中にある個室で軟禁状態にあるジルヴェスター=クリューガーはベッドから跳ね起きる。
 声の主であるソフィー=エッフェルは両手がふさがっているようだが、ドアを開くためのボタンを押せたのならノックくらいはできたのではないかと彼は思った。
 彼のそのような思いも全く気にしない様子で、部屋に入ってきたソフィーは昼食が乗ったお盆をテーブルの上に置く。今日の昼食はソーセージとマッシュポテトのようだ。
 よく温められたそれは、口の中に運ぶと身体中にエネルギーとして浸透していく。いつものことながら味は良い。母親よりも良いのではないだろうかと思うほどだ。軟禁状態が続いて一週間が経ち、母親の料理が恋しくなったりもするが、それで文句を言うほどの料理では決してない。
 改めて部屋を見渡す。テーブルとベッドしかない簡単なつくりだが、ベッドはダブルサイズで、このような空間にいてもリラックスできるから不思議だ。
 自由などほとんどないに等しい生活だが、こうして衣食住を提供してくれるのはありがたかった。戦争を身近で体験した直後だからこそ、そのありがたみが分かるのだ。
「ありがと」ジルは思わず口にしていた。だがそれが本心であることは彼も分かっていたので、もう一度はっきりと声に出す。「色々とありがとうな。助かってるよ、ホント」
 しかしソフィーはため息を吐くと、弱々しく首を振った。
「礼はいいわ。謝らなきゃいけないのはこっちなんだから」
 そう言って彼女はバツの悪そうな表情を浮かべる。父親のことを言っているのだろう。
 たしかに元をたどれば彼女のせいでこの場所に入れられているのだが、それでも彼女のおかげでジルはこの場所に入れてもらえているともいえた。
 あのとき背中に突きつけられていた筒状のものは、銃だった。本当に撃つつもりだったのかは分からないが、全て終わった今分かるのは、あのときのテオドールなら撃ってもおかしくなかったということだ。
「お父さん!」
 司令室にいた他のチェス隊員が表情一つ変えない中で、ソフィーは声を荒げていた。それまで上官と部下という立場を守ってきた彼女からは考えられないことだった。思わずナポレオンを抱く力が強まった。
「中尉、上官に刃向かう気か?」
「ローラン少将ではなく、お父さんに刃向かっています」
「どうしてこいつを庇う。機密を見られた以上、生かしておくわけにもいくまい。ここにずっと閉じ込めておくわけにもいかんしな」
「彼は、レアル大尉が命を懸けて守った相手です」
 ソフィーの言葉に、テオドールの顔が一瞬だけ曇った。それでも何事もなかったかのように表情を戻すと、彼は再び続けた。
「大尉が守ったのはリアだ」
「私と、彼です」
 ソフィーは一切引く様子を見せなかった。ジルが責められているはずなのに、いつの間にかその対象が彼女へと移っている。もしかしたら、それが彼女の狙いなのかもしれない。これ以上ジルが追いつめられると、民間人である彼では抵抗できないと思ったのだろうか。
 だが、それでも彼女に怒りの矛先を向けさせて自分だけ安全な位置に逃げるというのは違う気がした。そんなことはできない。自分もテオドールに文句を言おうと、ジルは口を開いた。
「僕は誰にも……」
「ジルは誰にも言いません!」
 ジルの言葉とほぼ同時に、ソフィーが大声を出した。テオドールに向けられたその瞳は、今まで見たことのないほど力に満ちていた。
「ジル……?」
 ソフィーの言葉に、テオドールは怪訝そうな顔を浮かべた。彼女が急に愛称で呼んだからだろう。変に勘繰られてはまずい。そう思い、ジルは再び、今度はソフィーよりも先に口を開いた。
「ソフィーは、その……」
「ソフィー、だと?」
 やってしまった。そう思った時には既に遅かった。彼女の名前はリア=ローランだ。ソフィー=エッフェルというのは学校へ通うために名乗っていた偽名にすぎない。
「バカ……」
 ソフィーが呆れたようにうなだれる。ジルも俯いた。ナポレオンと目が合ったが、何も知らない小さな猫は大きな欠伸を返してきた。
「ソフィーとは、確かリアがロストクの学校で名乗っていた名前だったな?」
「はい」
「とすると、この少年はリアのクラスメートというわけか」
「そうです」
 ソフィーがそう答えると、テオドールは少し考える様子を見せた。そして右手を前に出して床と平行にすると、そのままゆっくりと下げた。
 それを合図にしてか、それまでジルの背中で威嚇していた筒状のものが下された。そのときようやく、彼はそれがライフルであることを知った。
「リア、個室には空きがあったな?」
「は、はい。私が使っている部屋の横が空いています」
「もったいないが仕方あるまい。クリューガー君といったか、君にはそこへ入ってもらう。その間、外との連絡は取れないと思ってくれ。家族とのみ、私が見ている前で電話をすることは許そう」
「それはつまり……」
「何度も言わせるな。早くその危険人物を連れていけ」
 それだけ言うと、テオドールはジルたちに背を向けた。ジルはもちろんソフィーも少し戸惑っていたようだったが、やがて彼の手を掴んで指令室から無言で出て行った。
 それでも、その口元がテオドールに感謝を伝えていたことをジルだけは知っていた。
 ジルが見た新兵器が実戦に出るようになれば、ここから解放してもらえる。それがいつかは分からないが、前に見たときはほとんど完成していたようだったので、最終調整を残すのみなのではないかと彼は思っていた。
 家族とは電話で連絡をとることができたため、問題にはなっていない。心配していたようだが、軍に保護されていると伝えると安心したような声が電話越しに聞こえた。もちろん、目の前に銃を装備した兵士がいたため、軍の情報は何一つとして話していない。いなくても話すことはなかっただろうが。
「ごちそうさま」
「相変わらず良い食べっぷりね。ユリアも喜んでいるわよ。作り甲斐があるって」
「ユリアって、料理長さんだっけ?」
「ええ。まだ二十歳なのに、料理の腕は確かだわ。特に人参の味は最高ね」
 最後の一文はジルに対する皮肉だろう。人参が食べられない彼は、いつもそれを残している。最初は注意してきたソフィーも、今は何も言わなくなった。ただ、こうしてときどき嫌味を言うのみだ。
 空になった食器を持って、ソフィーが部屋から出ていく。本当は彼女にさせず、自分で持っていきたかったが、この部屋からでることを禁止されているため仕方がない。
 この部屋のドアは、一度閉まると中からは絶対に開かないようになっていた。軍人に支給されているICカードをかざせば開くが、当然ジルは持っていない。
 ジルは再びベッドで横になる。あと少しでここから出られるのだろうが、それでもその少しが待てない。中に入って初めて気づく、軍の面倒くささがそこにあった。
 家族は元気だろうか。電話で話したときに全員無事だと聞いたが、やはり直接会いたい。家も攻撃を受けていないようで、まだそこに住んでいるようだ。何故ロストクは狙われたのか。敵機が少なかったことから、侵略ではないだろう。では何故?
作品名:王の光 作家名:スチール