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夏風吹いて秋風の晴れ

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豪徳寺を歩きながら


直美も、弓子ちゃんも、綺麗にステーキを食べて、下北沢の駅に向かっていた。
「おなかいっぱーい」って直美の声に「わたしもです」って弓子ちゃんが答えていた。
途中で、叔母の家に電話をして、わけを話し、施設には叔母のほうから電話を入れて許可をもらってくれるように頼んでいた。短くだったけれど、叔母もすぐに理由はわかってくれたようだった。「きちんと早い時間に寝なさいよ」って注意されただけだった。
電話の間は、俺の声が聞こえないようにと思ったのか、直美が、ずーっと弓子ちゃんに話しかけていた。高校生の時からしっかりしていたけれど、ますます、気がきく女の子になったなぁーって、おかしいくらいに思っていた。
少し歩いて、下北沢の駅の階段を昇ると、直美は弓子ちゃんの切符を買っていた。
「はぃ、これね、弓子ちゃんって 豪徳寺って行ったことあるの?」
「ないです」
「そうだよね、誰か知り合いでもいなきゃ、いかないわよね・・えっとね、ここから3っつ目だから、すぐだよ・・」
「はぃ」
「でも、降りたら、少し歩いちゃうけど、平気かな?」
「はぃ、歩くの好きだし、大丈夫です」
「そっか、私も、歩くの大好きなんだ・・でも、夜はねぇー ちょっとつまんないかなぁー ・・・あっ でも、月が出てれば好きかも・・見えれば、まん丸のはずなんだけどなぁ・・」
いつも、月の満ち欠けに詳しい直美だった。
改札は、相変わらず混んでいて、ホームに降りてもそれは変わらなかった。人は多いのに、古い駅だったから、小さなホームは人であふれていた。
実家の茨城の田舎のバーちゃん達が、ここにいたら、熱でも出しそうだなって考えていた。
少し待つと、すぐに下り電車の各駅停車が運よく来てくれた。
3人で乗り込むと、夜だったし、通勤帰りと、買い物帰りの人で、各駅停車でも充分に混んでいた。東京で暮らすようになって3年目だったけれど、やっぱり、なれない空間だった。
田舎の茨城では、電車に乗って座れないことが奇跡的だったけれど、ここでは座れることが奇跡だった。
直美がつり革を握りながら、電車が動き出すと弓子ちゃんに話しかけていた。
「弓子ちゃん、叔母さんの家の反対に歩くからね・・豪徳寺降りたらね。けっこう静かでいいよぉー 途中の商店街も、けっこう好きなんだよね」
「マンション一緒なんですよね」
「そう、部屋は違うけどね・・東京に学校で来る時に無理やり、劉のマンションの違う部屋に引越して着ちゃったんだけどね・・叔父さんにお願いしてね」
「よく、怒られませんでしたね・・」
弓子ちゃんが真剣な顔で聞いているようだった。
「えっ、あぁー 私の家のこと?」
「はぃ」
興味深々って弓子ちゃんの顔だった。
「だって、もともと、同じマンションでってお願いしたのって、おかーさんだから・・うちのおかーさん、劉のことお気に入りなのよ・・そりゃぁ、おとーさんは、ほんとうはイヤだったかもね・・」
笑いながら直美が答えていた。
「へぇー そうなんですか・・」
「そうだよぉー」
なんだか、顔を弓子ちゃんに近づけながらだった。
俺はそれを、少し笑顔で聞いていた。
それから、直美はいつもより、よく話をして、ずーっと弓子ちゃんをかまっていた。
それに受け答えしている弓子ちゃんは、真剣な悩みを持っているはずなのに、俺には、明るい、健康的な、運動神経のよさそうな子にみえるだけだった。
このまま、家についても、このままだといいのにって思ったけれど、それはそれで、何も解決しないんだから、困ることだった。

豪徳寺の駅にたどり着くと、弓子ちゃんは へぇー って顔で、少し周りを見渡していた。高架の駅だったから、階段を3人で降りると、下北沢とは違う、ちょっと、親しみのある商店街とその明かりだった。
左に折れて、マンションに向かっていた。
世田谷線に乗れば一駅だったけど、いつものように歩いて帰ることにした。直美が明日の朝のおかずを買いたいって言ったからだった。駅前のスーパーはまだ、開いている時間だった。
直美の意見で、朝食のおかずは、焼き魚と、おいしそうな胡瓜のぬか漬けと、お豆腐の味噌汁に決まっていた。それから、俺と直美はそんなに普段は食べなかったお菓子も弓子ちゃんのために買い込んでいた。最後に暑かったから、コーラをだった。
もちろん、買い物袋は俺が担当だった。
しばらく歩いてマンションの手前の交差点に近付くと、
「あのね、弓子ちゃん」
直美が思い出したって顔で弓子ちゃんに話し始めていた。
「はぃ」
「ここを渡って、向こう側の歩道でね、劉が車に撥ね飛ばされたんだよぉー 2年前かな・・」
「えっ」
「友達が、あそこのマンション住んでて、呼びにきたんだから、私のこと・・劉が跳ねられたぁー ってね・・」
この冬まで仲のよかった夏樹が住んでいたマンションを指差しながらだった。
「でね、あわてて、来たら、血だらけでさぁー 顔が・・・ビックリしたのよ・・でもね、本当に怪我してたのは足でね、折れてたのよ・・顔はあそこの垣根で引っかいて血だらけなだけだった・・いまは笑えるけど、その時は死んじゃったと思っちゃった。で、救急車で病院いったら、それまで、私に平気、平気っていってたのに、お医者さんに触られたら、すごーく 大きな声で、いてぇーってこの人叫んでたのよ・・おかしいでしょ・・それで手術してギブスはめて入院ね」
直美が思い出し笑いをしながらだった。
「いまは、全然平気なんですか?」
前にいた弓子ちゃんが振り返ってこっちを見ながら聞いてきていた。
「うん、平気だけど・・」
「そうですか。良かったですね・・」
「そうね、さっ、青だよ、渡ったら、すぐだから・・」
言いながら3人で信号を渡りだした。
もう、忘れたことだなぁーって人には、言ってもいたし、そんな顔をしていたけれど、やっぱり、この跳ねられた場所を歩く時は、なんだか、すこし、気分が不安定ってのが本当だった。
「弓子ちゃん、あれね・・見えるかな・・」
直美が指差した方向に、大きな木の向こうにマンションが見えていた。暗闇だったけど、俺の部屋の窓が見えていた。
このまま、明るく楽しい夜だといいけど、きちんと話を聞いて、話さなきゃって思っていた。少しだけの上り坂を歩いていく弓子ちゃんの背中を見ながら思っていた。この子は、もっと、急な上り坂を登ろうとしているんだなぁー って思いながらだった。

作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生