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家に憑くもの

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佳織に向き直った翔太は、手にシャープペンシルを握りしめていた。そのシャープペンシルを握った手を、肘を支点としてゆっくりと持ち上げて行く。そのまま耳の横まで持ち上げると、シャープペンシルの尖った先端が佳織の顔に向けられる。
「ちょっと、どうしたのよ、そんなもん振り上げて。」
佳織の声には怯えが滲む。
翔太の口が開き始める。佳織が見つめる中、翔太の口はどんどん開いて行く。蝶番が軋む音が聞こえそうなほど、ゆっくりと大きく翔太の口が開いて行く。口の中は真っ赤だった。佳織は、その赤い色をどこかで見た気がした。
翔太の口はさらに開き、口から上が後ろに傾き始めた。人間の口がこれほど大きく開くものなのだろうか。佳織は茫然とその光景に見入った。
翔太は、もう翔太とは思えない別のものに変わっていた。その翔太に似たものが足を一歩踏み出した。
佳織は激しい恐怖に襲われた。
翔太に似たものは、頭の横までシャープペンシルを振り上げたまま、佳織に近づいて来る。佳織は凍りついたように動けない。恐怖に竦んだまま、茫然と自分の顔にシャーペンシルの先端が近付くのを見つめる。
 ―― いけない、これは翔太じゃない、逃げなきゃ。
翔太に似たものがすぐそばまで近づいた。もう一歩で、シャープペンシルを佳織の額に向かって振りおろせる距離になる。
佳織はドアのノブを握りしめたままだったことに始めて気が付いた。佳織は金縛りを振りほどくように、腕にありったけの力を込めた。
 ―― 動く、体が動く、逃げられる。
佳織は、思い切りドアを閉めた。その勢いで腰から後ろに倒れこみ、廊下に尻もちをつく。両手で体を支えた佳織は、閉めたドアを睨みつけながら、そのままの姿勢で、後ろ向きに這った。制服のスカートが大きくまくれ上がり、とても人に見せられる姿ではなかったが、佳織にそんなことを気にする余裕は無かった。
なんとか階段の降口までたどりついた佳織は、手摺につかまってやっと立ち上がった。手摺で体を支え、ともすれば崩れ落ちそうになる膝に力を入れ、ドアを振り返りながらやっとの思いで階段を下りる。翔太の部屋のドアはそのまま、動かない。それでも佳織は、今にもそのドアが開いて、あの翔太に似たものがシャープペンシルを振り上げたまま出て来るのではないかと、恐怖にかられた。
やっと階段を降り切った佳織は、廊下の角で誰かとはち合わせた。
作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014