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水城 寧人
水城 寧人
novelistID. 31927
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緑神国物語~記録者の世界~ 短編集02宰相

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 茶を美味しそうに飲みながら、宰相は言った。
「国王護衛部の外交担当ですね」
「なるほど。城に仕える者だったか…」
 言い放ったその一言で、皇帝の表情が翳った。糸を張り詰めたような、緊張感の溢れる鋭い殺気が部屋に満ちてゆく。まるで自分を押しつぶそうとする圧迫した恐怖に、宰相は冷や汗を零した。そして、小さな声で呟く。
「陛下――」
「黙ってくれ」
 静かに皇帝が遮った。感情のこもっていない平坦な声に、一瞬ビクリと宰相の肩が震える。皇帝は立ち上がると、部屋の窓辺へと歩いた。差し込む日差しで、翻ったローブがきらきらと光を反射する。椅子に深く腰掛けたまま、宰相はじっと彼の言葉を待っている。
 皇帝の唇が、小さく動いた。
「お前達は、絶対に私の近くにいてくれるだろう?」
「勿論です、陛下」
 宰相の返事は、即答だった。
 何が起ころうと、皇帝に仕えることを拒んだりはしない。政治に反対する者がいても、彼に対して反逆の意思を持つ者はいない。そう、あの教育長のように。
 いま皇帝陛下のそばにいる者は、絶対に彼を裏切ることはないだろう。宰相は根拠もないなか、そう信じていた。もしもそんな存在がでるとしたら、それは……宰相は俯いている皇帝に目を向ける。
――彼の国政が崩れる、革命の時だろう。
 すでに世界を蝕み始めた“民主主義”という考え方。平和主義を貫いた見かけだけの緑神国には、一体いつごろ上陸するのだろうか。さすがの宰相でもそれは分からない。この国を根底から覆すような主導者は、まだこの国に生を受けてはいないのだろうか。
 がらにもない、しかしこの幸せな時間が続いてほしいと願うのは、きっと自分だけではあるまい。
 メイド長や諜報部長、教育長、騎士たちが目に浮かび、宰相はふっと笑みを零した。彼の優しく柔らかな笑顔を、皇帝は驚いたように見つめている。
 コンコンッ
 突然、部屋の扉がノックされた。どこか急ぐような音で、緊急なのだと分かる。何事もなかったようにほほ笑みを消した宰相が、鳴り続けるノックに返事をした。
「どうぞ?」
 入ってきたのは、諜報部長とメイド長だった。役職の違う2人の訪問者に、皇帝と宰相は驚いて眉をひそめる。
「何があった?」
 皇帝の問いかけに、メイド長が答える。よく見ると、彼女は左手に太いロープを持っていた。その端は廊下の方に続いている。
「街中で不審な者がいると保安部長から連絡があり、連行してきたんです」
「不審なものって……」
 2人が引っ張ってきたのは、明らかに城の者だった。必要以上にロープでぐるぐる巻きにしてあるが、見覚えのある男だ。保安部専用のシンプルな正装服を着ている。その顔を見て、皇帝はきゅっと目を細めた。
「保安部の外交担当……」
 男は皇帝の顔を見て、ぶるぶると震えだした。自分が怒ってもしょうがないと、宰相は肩をすくめる。諜報部長はこの男についてなにかあると察したのか、宰相に「それでは」と言うとメイド長を連れて部屋を出た。
「なるほど、城から逃げ出そうとしたわけか。残念だが、状況はこちらがほぼ把握している」
 皇帝の低い唸るような声は、目の前にいる罪人を震え上がらせた。蔑むような冷たい眼差しが、彼を貫く。
「昔、メイド長が言っていたが、保安部の部下の教育は保安部内でするんだとな。なにかの担当になった奴以外は、城外で仕事をするからだっけか?にしても下手な教育だ、そうしたらお前みたいな奴が生まれるのか……せっかく臣民の仕事を増やそうとした雇い方だったのに、まさかこんな結果になるとはな」
 警察のような存在である保安官になりたい、という子供達が緑神国には多かった。だから頑張れば目指せる、国に関する仕事があったほうが良いと言う事で、特別審査というものが出来たのだ。この審査に合格すれば、教育長から教育を受けずとも保安官になることが出来る。
 この男はそんな子供の一人と結託し、審査で優遇措置をつける代わりに女帝国への武器の売買を手伝わせたのだ。その話に乗った子供も子供だが、北にある女帝国はあまり実感がなかったのだろう。自国民でも、表の緑神国にだまされてしまう者は多い。
 もうすでに男は涙目である。その様子を見ていた宰相は、馬鹿らしいなとため息をついた。この男は、ただ欲で武器の盗みを考えた。皇帝の言うとおり教育がなっていないし、なにより緑神国を貶めようとかいうものではなさそうだ。
 腕組みをした皇帝は、容赦なく男を睨みつけている。
 ふと、彼はあることに気付いた。
――陛下の右腕が、腰に……?
 まずい!!慌てて口を開きかけた宰相だったが、遅かった。皇帝がいつも腰に差している、細見の剣が滑らかに振られる。
ザクッ
 魚の頭をぶつ切りにしたような、生々しい音が部屋に響いた。噴出す熱い血液が、皇帝と宰相に降り注ぐ。2人の白い正装服が、真紅色の返り血で染まった。金属のようなツンとした臭いとともに、ゴトリといやな音を宰相は耳にする。 
「……裏切りは、どんなことであろうと許さない」
 握った銀色の…いや、紅い剣を床に落とし、皇帝は冷ややかな表情で首のない罪びとを見下ろしていた。
――皇帝を見くびっていたな、馬鹿なヤツ。
 宰相は思う。皇帝は、緑神国の頂点に君臨する最高権力者なのだ。平和主義?そんなもの、彼には関係ない。むしろこの男は、公衆の面前で処刑されなかっただけ、まだマシというものだ。
 宰相は一度目を閉じ、再び開いた。
「陛下、片付けは私が」
「ああ、頼むぞ」
 血塗れた純白のローブを脱ぎ捨て、静かに皇帝は部屋を出て行った。宰相は哀れな男の屍体を一瞥し、口元に暗い微笑みを湛える。
「まあ、陛下も残酷な面はあるからね」
 彼に男を同情する気持ちは、一切ない。