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Re:セット

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「いいですか?」
「どうぞ」

彼との約束を断られたサイコは、その気分を捨てに店を探していた。
まだ[準備中]の札が出ている店ばかりだ。
溜め息ばかりつきながら、重たげな足取りで大通りから歩いてきた。
路地を入って二つ角を曲がったところに[営業中]の札を見つけた。
板木片に文字が消えかけている看板の店。
傷心とはいえ、その怪しげなドアを開けるまでに三秒考えた。
看板の横の柱に[心のリセット賜ります]と書かれたまだ新しい紙片が貼られていた。
サイコの手がドアを開けた。

「あのーいいですか?」
「どうぞ」

サイコは、体よりも先に視線を店内に巡らせた。
カウンター席しかないが、こじんまり綺麗な店だ。
装飾は派手というより、殺風景といったほうが的確な様子。

「マスター飲ませて。ツラい恋を忘れられるカクテル」

マスターは、手で席を示すとサイコは腰掛けた。
見かけよりも座り心地のよい椅子にリラックスできた。
マスターは、魔方陣の描かれたコースターをサイコの前に置いた。

「彼、仕事ばかりなの。女でも見つけたなら少しは楽かと思うんだけど」

別に話すつもりなど、思ってもいなかったサイコだが、ふと口に出てしまった。
マスターは、シェーカーを軽く振るとピンク色の液をグラスに注いだ。
その液に水色の液を静かに垂らす。
二色の液は混じり合うことなく、ひとつのグラスに満ちていた。
マスターは、静かにサイコのコースターの上に置いた。
「綺麗。何というカクテル?」
マスターは何も答えず、微笑んだ。
サイコは、グラスの端に艶やかな唇を当て、静かに含んだ。
「甘い?いやソウでもない。あとから苦い?!ううん、味覚の表現にできない」
マスターは、やや斜めに体を向け、笑うとも無く、微笑んでいた。
「マスター。美味しいです。ありがとう」
サイコが、半分ほど飲んだ頃、マスターが話しかけてきた。

「どうしたいですか?彼のこと」
「もう終わりにしたい。忘れたい。そう店の前に書いてあった[心のリセット]をしたい」
「かしこまりました」
サイコは、案内されるカーテンの奥へと入っていった。
カウンター席の椅子よりも体が包み込まれるような心地いい椅子に腰掛けると、スイッチボタンを渡された。
「緊張しないで。貴女次第ですから・・・」
「はい」
「彼のデータ。例えば携帯電話やスマートフォンはお持ちですか?」
「ええ、あるわ」
「では、ソレをココのスキャナーに置いてください。あ、個人情報は守ります」
サイコは、携帯電話の彼のアドレスを表示してスキャナーに置いた。
「はい。せっかくですからお待ちの間、残りのお飲み物を召し上がってください」
サイコは、カウンターから運ばれたグラスの液を飲み干した。
「お待たせしました。この画面に彼のデータが映されます。貴女は項目を選んでこの[Delete]スイッチを押してください」
「押せばいいの?」
「はい。それだけです」
「どうなるの?」
「貴女の中から彼の記憶が消えていきます。物質的に消せるものは取り除いてくれますよ」
サイコは、不安とそれ以上の好奇心が湧いた。

画面に彼のデータが映された。
携帯電話のわずかなデータから知り得ないことまでそこには表示されていた。

「ヘッドフォンをおつけください」
ヘッドフォンからはリラクゼーション的な音が流れてきた。
「じゃあ、あいつの住所」
カーソルを合わせ、手元の[Delete]スイッチを押した。
ヘッドフォンに微かなノイズが混じった。
「あ」サイコは忘れたことすら分からなかった。
「次は、あいつの趣味。ある作家の本ばかり。プラモデル。それから・・」
サイコの指が[Delete]スイッチを押した。
またヘッドフォンに微かなノイズが混じった。
「次は、仕事。あ、でもあいつから取り上げるのは可哀想かな。ドライブに誘ってくれない自動車」
[Delete]スイッチを押した。
「次は、好きな食べ物にしてみよ。いつもデートの時の喧嘩の原因だったわ」
[Delete]スイッチを押した。
「次は・・・」
「次は・・・」
「次は・・・」
項目とその内容が記される中で、好きなヒトの項目が『*****』ブラインドになっている。
「これは誰?当然私。ううん、もしかすると、この前気まずくなったカノジョのこと?それとも仕事仕事って言っててオフィスで一緒の派遣の若い子に会ってるかもしれない。本当に心から思う人なんていないから星印なのかしら。どうせもう忘れるんだからコレも要らない。
そうよね、マスター」
マスターは、隣りの背の高い椅子に腰掛け、何語とも分からない本を読んでいる。
「それとも先に、あいつの名まえ。一番忘れたい。でも一番忘れたくない。私のこと嫌いになってくれてもいい。でも忘れられるくらいなら〜」
[Delete]
サイコの指がスイッチを押してしまった。
サイコは体が軽くなった。

床にスイッチが転がった。
「ご利用ありがとうございました」

モニターの『*****』が一文字ずつ表示されていく。

『サイコ』

    − 完 −
作品名:Re:セット 作家名:甜茶